平和聖日礼拝「萎えた手、衰えた膝」ヘブライ人への手紙12章3~13節

8月を迎え、新聞各社も敗戦後81年目の感慨をそれぞれ記している。被爆地の一つ、長崎の地方紙が、このような記事を載せている。「戦後7年、長崎市で労働者たちによって『芽だち』という文学サークル誌が創刊された。詩が残っている。〈戦争映画/それが戦争をのろう映画であろうと/君はかぶりを横にふる〉…。作者の妻である『君』は反戦映画であっても関心を示さず、頭を横に振るだけだ、と。戦争を想起させる全てを拒絶していたのだろう。記憶を振り払えずに『かぶりを横にふる』話ならば、取材でいくつか伺ったことがある。石垣に横穴を掘って造った車庫があるが、それを見ると恐怖に襲われると話す男性がいる。戦時中に逃げ込んだ真っ暗な防空壕(ごう)を思い出すという。原爆の惨状を思い浮かべてしまい、長崎市の浦上川沿いを歩けないという被爆2世の女性もいた。恐怖の記憶がふとよみがえるのは沖縄でも同じらしい。ゴーッという音が怖くて掃除機を使えない、という高齢女性の記事を読んだことがある。戦時中に聞いた戦闘機の飛行音に似ているから、と。」(6月24日付「水や空」)

暑いので熱中症予防のために、頻繁に水分補給しなさい、と言われる。暑い時には「麦茶」と相場がきまっているが、かつて教会で、戦争を経験したある高齢者が、「麦茶は、空襲で焼け焦げた匂いだから、嫌い」とぽつり言われたことに、「麦茶ひとつ」に込められるつらい思い出があるのかとつくづく感じさせられた。「『忘れたい』、しかし『忘れられない』、この二つの間に揺れ動く、こうした心、それは聖書記述の生活の座でもあったと言えるだろう。2つの記憶、どちらも同質の「負の記憶」である。一つはエジプト、もうひとつはバビロン、それぞれそこは「奴隷の地」であり、「捕囚の地」であった。そこに埋没してしまうのではなく、そこから歩み出したのが、聖書の民の歴史である。どちらも「忘れたい」場所であり、「忘れたい」時代であったが、『忘れてはならない』と皆が胸に誓った出来事であった。「忘却」と「想起」がせめぎ合って、『忘れてはならない』記憶が語り出され、膨大な書物が紡ぎ出されたのである。

今日、平和聖日の礼拝では、ヘブライ人への手紙から話をする。有名な個所だが、「主の鍛錬」と言う言葉が繰り返し語られる。この文言は旧約、箴言からの引用である。3章11節〜12節「わが子よ、主の諭しを拒むな。 主の懲らしめを避けるな。 かわいい息子を懲らしめる父のように 主は愛する者を懲らしめられる」。新約の時代、旧約の中でも『箴言』は人気があった書物だったという。諺のように、一節毎が短く、覚えやすく具体的で分かりやすくかったためだろう。親や年長者が、若者に教え諭すのに、はなはだ便利だったからでもある。しかし「鍛錬」それも「主の鍛錬」とは、どういう意味合いを言おうとしているのだろうか。

ヘブライ書は、紀元1世紀末頃に記された、新約では比較的後期の書物であると見なされている。当時、ローマ帝国の版図は、最大となり、ユダヤ戦争によって、ユダヤの国は壊滅させられた。4節に「あなたがたはまだ、罪と戦って血を流すまで抵抗したことがありません」といういささかぎょっとさせられる章句を目にする。皆さんはこういうみ言葉にふれて、自分の生ぬるさを恥じるだろうか。殉教という激しい苦難の時代に置かれてはいない、という幾分かの余裕が読み取れる。3節「罪人たちの反抗(反発)」という言辞から「謂われのない悪口、ヘイトスピーチや暴力」という迫害はあるにはあるが、生命が取られる程ではない。キリスト教はある程度人々の認知を獲得し、異邦の世界各地に、ひろく教会も点在する時代である。終末の待望はあるにしても、それはまだまだ先のことという感覚で、キリスト者達が今を暮らしている時代である。そこで何が問題であったか。

3節に「気力を失い疲れ果ててしまう」という言葉があるが、当時のキリスト者の状況や有様を的確に表現している言葉であろう。「耐え間ない苦労によって」、疲労困憊し、吾を失い、元気が無くなり、立ち往生してしまう」。この状態は、今、この国で盛んに問題視されている学校の教員の労働の姿、週日、休みなし、土日はクラブ顧問の指導の有様のようである。なり手がいない、という。

ところがこの言葉、大分、原意とはずれた表現である。ある解釈者は「たるみ、倦(ゆる)み」と訳している。心がゆるんでしまう。精神の弛緩、緊張感が無くなってしまうこと。そして「倦み」、やる気がなくなってしまう、嫌気が差してしまうということである。信仰的に、気を張って生きてきたが、次第に慣れてきて緊張感が緩み、実感が無くなってしまった、やんぬるかな、どうでもいいやという気持ちになってしまっているというのである。本当の危機は、外側にではなく、内側から来るものである。向かうところ敵なしのかのローマ帝国も、国家規模が膨張し、最大版図になった時に、内側からの崩壊を始めるのである。その要因は飽食と倦怠、身分の格差、遊興と享楽の追求、今に言うところの三だけ「今だけ、金だけ、自分だけ」にあったと言われる。ローマ帝国の崩壊は、実にその合理的で現実的な運営システム、内部構造によってもたらされた帰結なのだという。

そこに「主の鍛錬」というみ言葉が語られるのである。「鍛錬」という用語からどんなイメージを持たれるか。「厳格、鞭打ち、忍耐、がまん、努力、血の汗流し、涙を拭くな」、という感じであろうか。オリンピック・アスリートが口にする「0.1秒を削り出す」などという言葉に、その意味合いがよく表れているだろう。「鍛錬」と訳したのは、その前節で、「罪と戦って、血を流すまで抵抗したことが無い」という文言に引きずられた感がある。これは古代の拳闘、ボクシングが意識されている。しかし、鍛え抜いたプロのボクサーでさえ命がけのスポーツであり、ましてこの時代は素手で相手と打ち合ったから、普通の人間は、とてもではないか「鍛錬」の前に、死んでしまうだろう。

この用語は元々、親の(特に男親が行うところの)「しつけ」、を意味する言葉である。しつけは漢字で「躾」、「美しい身振り」「身を美しく整える、という意味の、この国の造語であると言われる。「鍛錬」と訳すと、いささか意味合いが強すぎるように思われる。そう訳すと、今日では「虐待」として受け取られてしまいがちである。本来この語「パイデイア」は「しつけ」を意味する用語で、後に広く「教育」を指すようになる。当時は一般的な学校教育制度があったわけでは無いから、厳密には「家庭教育」を指す用語であったとされる。難しく「薫陶」と訳されることもある。香をたいて薫りを染み込ませた粘土を用いて、香を焚きながらこねて形を整えながら、高価な陶器を作り上げる意から生まれた用語である。昔の高級焼き物は、香りからして違った、ということか。そういう焼き物は、出来上がってからも馥郁として香りが周囲に漂ったのであろうか。

さて男親が行うしつけ(なんとなく胡散臭い)、ここには今、あるいはかつて、「男親の役割」を果たして来た、または果たしている方々がいる。ご自身の「しつけ」、の内実はどうだったであろうか。皆さんは親から厳しくしつけられただろうか、また子供を厳しくしつけただろうか。「しつけ」は子供のためと言いながら、実は親が楽をするためなのである。だから大抵のしつけは、「おしつけ」であって、当人の身に付かない。おそらく殆どの方は、「鍛錬」「薫陶」には遥かに及ばない、「しつけ」すらも覚束ない、と感じられることであろう。ただ考えたいのは「鍛錬」とは、ただ厳しく鍛え、強くなり、誰にも負けぬ力や精神力を身につける、ということなのか。実際に親と子、家庭の人間関係の中で、必要なのは、そのような鍛錬であるのか。しかし本当に子供が影響を受ける、身になるしつけがある。よく言われるではないか。「子供は親の背中を見て育つ」。正真正銘のしつけ、パイデイア、鍛錬は、実に「後姿」なのだ。

最初に紹介した新聞記事の続き、「半面、その女性は十数年前、70歳を過ぎてから戦争体験を修学旅行生に語り始めた。恐怖を伴う戦争の記憶を、それでも伝える。並大抵の決意ではない。沖縄はきのう『慰霊の日』を迎えた。『忘れたい』と『忘れまい』、二つがせめぎ合った日であり、皆が『忘れてはならない』と胸に誓った日でもあるだろう」。「『忘れたい』と『忘れまい』、二つがせめぎ合った日であり、皆が『忘れてはならない』と胸に誓った」、そういうせめぎあいが長く繰り返され、そこからことばが語り出された、という。その長い年月、その間の果てしないせめぎ合いが生み出すものがある、それが「鍛錬」の名に値するほんとうのものではないか。

今日の礼拝で最初に歌った讃美歌「幾千万の母たちの」について、この曲は、『讃美歌第二編』(1967)の編纂にあたって、「戦いの終わり」を主題とする賛美歌を作ってほしい、という依頼によって、クリスチャン作家の坂田寛夫氏によって書かれたものである。「自分に賛美歌を書く資格があるのか」としばし悩んだ阪田氏は、作詞依頼の手紙に対し、「逃げないで、身の廻りの事実と、事実をそのようにあらしめている大きな力との問に自分を追いこんで、うめき声でもいいから出してみてごらん」と諭されている感じを受けたという。作者自身が眼にした焼け跡の街の様子、身近な人たちが戦争から受けた傷さまざまな思いが交錯して、この悲しみと祈りの歌詞が生まれたと、詞が紡がれた背景を語っている。

「うめき声でもいいから出してごらん」そこから「ことば」が紡がれる。今日のみことばに、「萎えた手、衰えた膝」という表現が記される。体の衰え、弱さを抱えること、「弱さ」を知ること、自分も、他の人も、最も身近に生きている人の、そうだからこそ、そこに注がれる神の、主イエスの愛を知ること、そこに人間のまことの「鍛錬」があるのではないか。主イエスは言われた「疲れた者、重荷を負わされて苦しむ者は、わたしのところに来なさい、あなたを休ませよう」。このみ言葉を聞いて、主イエスに一足、歩み出す、「うめき声でもいいから」、主イエスに向かって祈る、それこそが、「鍛錬」の名にふさわしいあり方ではないか。