祈祷会・聖書の学び エゼキエル書11章14~20節

「ささやか」という言葉がある。辞書によれば「ささやか」は、小さい・細かいことを意味する古語「ささ(細・些々)」に、「のびやか」「ゆるやか」などと同じく、ある状態や性質であることを示す接尾語「やか」が結びついた言葉であるという。全体として「小さくてこぢんまりしている様子」や「控えめでわずかなこと」を表すそうである。

さてそこで質問、この「ささやか」の後に続くのにふさわしい言葉は何か、皆さんだったらどんな言葉を思いつくだろうか。「人生」、「暮らし」、「品」、「住まい」、「楽しみ」、等など、それぞれ自分らしさを表す言葉が入るだろう。謙遜の意ばかりでなく、本当のことは、仰々しく大きなところにはなくて、かえって身近で卑近なところ、目の前にあるもの、小さなところにあるからではないか。そういうものを大切にしているだろうか。

エゼキエルは「バビロン捕囚」期の預言者である。南王国ユダの主だった人々は、根こぎされるようにバビロンに連行され、異国の地で暮らすよう強制された。ところが若干の下々の住民たちは、国の滅亡後も、エルサレムに住むことを許されたようだ。但し、町の大方は廃墟であったろうが、それでも廃材を利用して、バラックのような住まいを建て、細々と生活を営んだことであろう。それでも何年か過ぎれば、そのような生活も軌道に乗って生業の地盤が整えられてくる。するとそこで生きる既得権が生じるのである。

今日の聖書個所には、敗戦後のエルサレムに暮らした人々の生の声が伝えられている。15節「人の子よ、エルサレムの住民は、あなたの兄弟たち、すなわちあなたの親族である兄弟たち、およびイスラエルの家のすべての者に対して言っている。『主から遠く離れておれ。この土地は我々の所有地として与えられている。』」つまり、「捕囚民」に対して、自分たちの正当な居住権を訴えているのである。とりわけ「主から遠く離れておれ」、厳密に訳せば「あなた方は、(捕囚によって)ヤーウェ(神)から遠く離れてしまった(のだから居住の権利は喪失したも同然である)」。

かつての同胞、同じ国の民からこう告げられたら、捕囚民の心は、大きな失望と嘆きに満たされたことであろう。もう自分たちは、自分たちの神から切り離されたのだ、このバビロンに根を下ろし、この都に埋没して生きるしか道はないだろう。数百年前に、北王国の捕囚民は、それで胡散霧消するように消え失せる運命をたどったのである。ここに預言者エゼキエルは、ユダの一番の危機を見て取る。

「それゆえ、あなたは言わねばならない。主なる神はこう言われる。『確かに、わたしは彼らを遠くの国々に追いやり、諸国に散らした。しかしわたしは、彼らが行った国々において、彼らのためにささやかな聖所となった。』」この章句に「ささやかな」という表現がみられるが、文字通りには「わずかばかりの」というニュアンスの言葉である。この「わずか」には二通りの意味合いを読み取ることができよう。ひとつは時間的な理解で「わずかの期間」と訳すことができる。即ち、主なる神を異教の地、バビロンで礼拝しなければならない期間は、「ごくわずか」の間であり、つかの間の時が過ぎれば、またもとのように、エルサレムの都で神殿を再興し、礼拝を再開することができる、というのである。他方、空間的に理解すれば「小さな聖所」と訳すこともできる。その理解に従えば、「かつてのソロモン神殿のような壮麗な神殿はもはや存在しないが、神ご自身が、小さなささやかな聖所となって、ここバビロンの都においても、あなたがたと共にいましてくださる」という意味になるだろうか。新共同訳は、後者の解釈を踏まえて訳出しているようである。

ソロモンがエルサレムに神殿を建設する以前は、聖書の民は主なる神の神殿を持つことはなく、契約の櫃を「幕屋」に納めて、あちらこちらを放浪したことが知られている。もともと聖書の民は「神殿」という一つ所に固定された聖所で礼拝したのではなく、自分たちの歩む所に、神もまた歩んでくださり、歩みを共にするところで神を拝するというのが、元々の信仰のかたちであった。「ささやかな聖所」という言い方は、まさにこの「幕屋」時代の記憶を呼び覚まそうとする表現なのであると言えるだろう。イスラエルは、今や自分たちの国を持たない流浪の民に立ち戻ったのである。それは再び「幕屋」に立ち戻って、信仰の歩みを始めることになる。

「ささやかな神殿」という言葉は、やはり主イエスの宣教の歩みを思い起さずにはおれないだろう。主はガリラヤ周辺のさまざまな地域を、自分の方から巡回されて、悪霊を祓い、病の癒しと罪の赦しを告知し、人々共に飲み食いされた。それが「神の国」の宣教であった。「神の国」は、人々のすぐ傍に、手の届くところにある。エゼキエルの言う「ささやかな聖所」のようになって、近づいてくださったのである。壮麗なエルサレム神殿から排除されて、祝福を奪われた「罪人」、一人ひとりの傍らにそっと寄り添い、その悲しみと憂いを引き受け、執り成し、共に歩んでくださったのである。それこそ「ささやかな聖所」ではないか。そこでこそ私たちは、神の愛とつながれて、まことの礼拝を守ることができるようになるのではないか。

ペシャワール会の故中村哲氏が記した2011年の文章に耳を傾けたい。「大国の利のために武力や謀略が横行し、無数の犠牲を出した。そして、犠牲の殆どが罪のない弱者であった。この愚行が正当化され、拡大して現在に連続している。信ずべき『正義』は死んだ」。これは今から十年以上前に記されたものである。この批判は今日さらに正鵠を得たものとなって、国際関係の現場に突き刺さっている。そしてさらにこう記される。「大震災を経て、市場経済の破たんが世界中でささやかれる今、命はただ単に経済発展や技術進歩だけで守られないというのが、ささやかな確信である。その一方で、新たな模索もまた、あらゆる分野で静かに始まっている。その声は今でこそ小さくとも、やがては人類生存をかけた大きな潮流にならざるを得ないだろう。必要なものは多くはない。恐らく、変わらずに輝き続けるのは、命を愛惜し、身を削って弱者に与える配慮、自然に対する謙虚さである。現地事業がその思いに支えられる限り、恐れるものは何もない」(ペシャワール会報112号より)。中村氏がアフガンの地で見ようとしたものは、虚飾に彩られた壮麗な大伽藍ではなく、涙を流して、額に汗して種を播くために出てゆく者が、喜びの声を上げて帰ってくることのできるところ、まさに「ささやかな聖所」ではなかったか。