祈祷会・聖書の学び 出エジプト記9章13~35節

「禍(わざはい)」とは、「神の業」が「這い、拡がる」様を物語る言葉である。かつて大規模自然災害は、人間にとっては如何ともしがたいもので、為す術はなく、ただ通り過ぎ、収束するのをひたすら待つしかないものであった。それが言葉自体にも、言い表されている。かつて自然災害は、元来の意味での「わざわい」であったが、現在では地球温暖化によるとされる気候の大幅な変化は、人間自らの手で引き起こした要因が、強く影響していると言えるだろう。20世紀初頭にはまだ15億ほどの世界人口が、(紀元前後では推計1.5億人)現在80億人にまで増え、エネルギーの使用量も天井知らずに増加している。この国を例に取れば、江戸時代と現代の人間ひとりあたりのエネルギーの使用量は百倍の増大であるという。人間が加えている環境に対する負荷が、いかに甚大な影響を及ぼしているかが想像できるであろう。そしてそのしっぺ返しが既に始まってきている、とは言えないだろうか。

さて、出エジプト記7章から12章にかけては、神がエジプトに下された諸々の災厄が語られている。それによれば「10の災厄」が生じたという。具体的には「ナイル川の水質汚濁」、「虫類の異常繁殖」、「疫病」、「異常気象」、「気候変動」等であるが、これらは今日でも、しばしばアフリカを始めとして、世界の各地に頻繁にもたらされる自然災害の典型だと見なすことができよう。古代でもこうした災禍に、住民たちは繰り返し悩まされて来たことであろう。特に、蚊が原因となって引き起こされる疾病には、深刻なものがあり、地球の生物による人命被害の第一位がこれである。特に世界規模でマラリヤの病害は深刻であり、かつまた飛蝗の大発生と蝗害は、地域の食料を根こそぎにする甚大な被害をもたらしている。

これらの自然災害はこの国でも決して無縁ではない。赤潮の大発生、異常気象による水害、土砂崩れ、家畜、家禽の疫病、そして1993年の平成の米騒動は、フィリピンのピナツボ火山の火山灰が、偏西風に乗って日本上空に滞留し、日光が遮られたためである。その際、自国民の食料供給にも、危機が生じたのである。そして、カビが出す猛毒のマイコトキシン中毒の出来事も記憶に新しい。紅麹菌による健康被害である。この内、最も身近に生じた災厄となったのが、コロナ禍であることは、論を俟たないであろう。

これらの災厄は、現代のこの国でも深刻な問題を引き起こしているので、古代ではなおさら生きている人々の記憶の底に、強く刻まれたことだろう。そして奴隷状態であったイスラエルの人々も、当然に被害を被っただろうから、そのつらい記憶はエジプト人と共有していたはずである。だからこのような災厄の生々しい気憶が、出エジプトの物語伝承と結びつけられて、現在のような文学を構成したと考えることができるだろう。

エジプトはナイルの賜物と言われるように、豊富な水資源により豊かな穀物生産の恩恵を受けて巨富を得た古代の文明国であり、周辺の国々と比較して、段違いの繁栄を享受した経済大国であるが、その実、災厄にも絶えず悩まされる場所でもあったのである。そしてエジプトが味わった災厄は、現在、世界のどんな国々でも無縁ではなく、この脅威に対する不安に付きまとわれている。災厄は今もなお続いているのである。

今日の聖書個所では「雹の災厄」が語られている。この国でも最近ゴルフボール大の雹が降って、農作物に深刻な打撃、時に全滅を与えたとニュースで報じられている。そのくらいの大きさになると、時速百キロで空から降下して来るので、人家の屋根やカーポートに大穴を開ける威力を持ち、人命にも危険を及ぼす可能性があるという。アメリカではバレーボール大の巨大な塊が降ったとの記録がある。雹は晩春から初夏にかけて、大気の寒暖差が大きく不安定になる時に生じることが多いので、その頃は「小麦」の収穫時期と重なるため、被害はより深刻なものとなる。

出エジプト記では、この気候による自然災厄を、「ファラオの頑なさ」に対する神の罰のように記している。3節「しかし、わたしはファラオの心をかたくなにするので、わたしがエジプトの国でしるしや奇跡を繰り返したとしても、ファラオはあなたたちの言うことを聞かない」。神自身が、ファラオの心を頑なにする、という考え方は、矛盾のように感じられるが、神の子のように君臨するファラオの心でさえも、実は神のみ手の内にあるものだという観念が、反映しているのであり、ファラオひとりの罪、かたくなさのみならず、「すべて人間のかたくなさ」こそが、一番の問題なのだと言えるだろう。聖書で「かたくな」とは「うなじ(首筋)の硬いこと」とあらわす用語である。私たちのいい方ならば、「肩が凝る」というところであるが、頑固に自分のやり方に固執し、他の意見に耳を傾けようとしないあり方は、古今東西、変わらぬ人間の性でもあろう。肩も凝るはずである。

私たちの国は、世界の自然災害の十分の一を担保していると言われる。かと言ってこの国が、世界の中でわけても「呪われた地」である、などと言うことはできない。この国ならではの、自然の恵みも大きくいただいている地でもある。出エジプト記の「10の災厄」が語ろうとしていることは、天災、自然災害そのものが、即、神の罰であるという単純な主張ではなく、地球の生命環境は、すべてが実に密接に連携しており、人間の日々の営みも、決して「地球環境」と無縁ではなく、ブーメランのようにそこに生きる人間の上に降りかかってくる、ということであろう。最近、この国の気温の上昇には、脅威すら感じさせられる。もはや四季折々の移り変わる季節の多彩さはなく、「暑いか寒いか」という極端に陥っている観がある。

33節「モーセは、ファラオのもとから退出し町を出ると、両手を広げて主に祈った。すると、雷も雹もやみ、大地に注ぐ雨もやんだ。ファラオは、雨も雹も雷もやんだのを見て、またもや過ちを重ね、彼も彼の家臣も心を頑迷にした」。災害に対する人間の心が、良く表れている言葉である。「喉元過ぎれば」という具合に、人間は都合のいい自分のバイアスに支配される。「災害は忘れた頃にやって来る」、とは科学者、寺田寅彦の名言だが、最近では「忘れる前にやって来る」とも語られる。それでも災害の度に深刻な被害が伝えられる。要は「正しく怖れる」ことなのである。人間、怖いものがないことほど、恐いものはないだろう。そして災害の中で、何が必要か、何が人間の生命を本当に支えているのかを、深く心に問うことが肝要であろう。