祈祷会・聖書の学び 使徒言行録7章17~29節

古の名画『カサブランカ』で、主人公(ハンフリー・ボガード)が口にする有名な台詞がある「昨日?、そんな昔のことは忘れたぜ。明日?、そんな先のことは分からねえぜ」、こんなきざな言葉を語り、様になる人もおいそれとはいないだろう。人は「今」に生きる存在ではあるが、そうかといって「今だけ」に生きる訳にも行かない。過去のしがらみを背負いつつ、明日のことを思い悩みながら生きるものであろう。だからこそ主イエスは「明日のことまで、思い煩うな、明日は明日自ら思い煩う」と諭されたのである。

学生時代に読まされた本に、E・H・カー『歴史とは何か』(邦訳:清水幾太郎1962年)という小著があった。61年にケンブリッジ大学で行われた連続講演が基になっているそうだが、このイギリスの歴史学者(1892~1982)は、それまでの多くの歴史家たちが、主観的な歴史理解を排し、客観的に公正な実証に基ずく厳密な考察こそを歴史学の課題として提唱したのに対して、「歴史上の事実」とされるもの自体が、すでにそれを記録した人の心を通して表現された主観的なものだと主張するのである。彼は人間がいかなる主観からも自由になれないことを指摘し、完全に「客観的」姿勢などはないと、従来の考え方を厳しく批判したのである。すると歴史認識とは、すべて見る人の主観の表明ということになる。

今日の聖書個所は、初代教会の最初の殉教者、ステファノの説教(演説)を伝える部分である。彼は執事のひとりとして選出された人望ある信仰者であったようだ。執事(今で言うところの教会役員)とは、初代教会の成長と共に、使徒たちの業務逼迫に対処するため、新たに立てられた、いわば「教会のお世話係」とも称すべき人々であった。その彼が最初の殉教者となった背景について、ルカはこの演説を基に伝えるのである。

彼の説教は、旧約聖書に記される長いイスラエルの歴史を概観し、それを解釈するものであった。今日の段落ではアブラハムからモーセに至る時代の推移について語られており、こうした歴史は、ユダヤ人にとって幼少のころから家族や古老、律法学者たちから聞かされて来た馴染み深い話のひとつであったろう。そういう懐かしい伝承に彼は自分の価値判断を加えるのである。25節「モーセは、自分の手を通して神が兄弟たちを救おうとしておられることを、彼らが理解してくれると思いました。しかし、理解してくれませんでした」と。「出エジプトの発端」、旧約の最も有名なトピックスを適宜取り上げながら、彼がその歴史の歩みを通して読み取り、自らに受け止めたのは、51節以下「かたくなで、心と耳に割礼を受けていない人たち、あなたがたは、いつも聖霊に逆らっています。あなたがたの先祖が逆らったように、あなたがたもそうしているのです。いったい、あなたがたの先祖が迫害しなかった預言者が、一人でもいたでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを預言した人々を殺しました。そして今や、あなたがたがその方を裏切る者、殺す者となった。天使たちを通して律法を受けた者なのに、それを守りませんでした」。この激しい歴史批判によって、ステファノはユダヤ人たちの激しい怒りを買い、「石打ち」により殺害されるのである。

確かにこの執事は、明快な知性によって事柄を認識し、問題の所在をはっきりと語ることができ、竹を割ったような性格であったと容易に推測できるだろう。そういう人物だからこそ、執事の筆頭のような立場にあったのである。明確な物言いをする人に、人は信頼を寄せる。但し、この認識や主張の根底には、主イエスのみ言葉が深く刻まれているだろう。主イエスご自身が、かつてこう語っているのである「あなたたちは不幸だ。自分の先祖が殺した預言者たちの墓を建てているからだ。あなたたちは先祖の仕業の証人となり、それに賛成している。先祖は殺し、あなたたちは墓を建てているからである」(ルカ17章47節以下)。これを聞いたユダヤ人たちは、彼(同じユダヤ人)を冒涜者と見なし、石をもって打つのである。

自国の歴史の負の側面を論うような歴史認識を、「自虐史観」として攻撃する向きがある。そこでも公正、実証的な歴史研究の必要が強く主張される。明確な証拠がなければ、信ぴょう性が疑われるというのだが、その探求にすべて「主観」という限界があるとすれば、「歴史の正しさ」を何によって捉えれば良いのか。歴史というものは、結局、人間の思い描く主観どうしがぶつかり合うものでしかないのか、との疑問が生じて来るのである。

カーは「歴史とは、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話なのである」と語り、歴史上の事実として伝えられ、時に記録された人間の諸々の考えを、「想像的に理解」することの大切さを主張するのである。「すでに主観的である」歴史上の事実と私たちが対話してゆく道は、自らの主観を相対化し、問い直す機縁となるであろうというのである。ここに歴史を知る大きな意味があるだろう。「今」は過去なしには生まれてこないものであり、未来は過去に刻印された「今」を起点として生じてくるものである。この歴史家は「現在の眼を通して歴史を見ることの大切さ」を語るが、それは私たちの今のあり方、社会を方向付ける(ただ一つの有効な)標識となるだろう。

ステファノの演説、歴史理解に対して、ユダヤ人たちは自分たちへの批判としてしか聞く耳を持たなかった。確かに歴史は、長い期間の人間の諸々の営みの積み重ねであるには間違いはないが、そこにはただ人間の手のわざしか現れないのだろうか。ステファノの最期について、言行録の著者はこう記す。55節「ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て」、この殉教者は、ユダヤ人に対しているように見えて、実は本当に目を向け、向かい合っているのは、実に主イエスであり、そのような人間の歴史、たとえ負の歴史であっても、そこに赦しとみ救いとをもって対されるという、神の慈しみなのである。「私たちの罪のために、御子を遣わされた」。

私たちの人間の歴史、どの国の歴史であっても、誇れない歩みが甚だ多く、罪の羅列のような道程であるが、その只中に、神の御手を見ようとすること、これほど主観的な見方はないであろう。神の御手は目に見えず、全くの所「確実な証拠」などと呼べるものではないに違いない。しかし私たちは、その罪の歴史の中に、それでも神は働かれておられ、これからも働いてくださると信じるのである。それは空虚な何の保証もない観念、思い込み、主観ではない。なぜなら、主イエスは、「マリアより生まれ、ポンティオ・ピラトのもとに苦しみを受け、死にて葬むられ」た、この世に生まれ、私たちの歴史の只中に生きて歩まれた方なのである。私たちの主観は、この主イエスのみ言葉とみわざを通して、形づくられている。私たちは、物事に接し、理解しようとする時に、いつも主イエスの目をどこかに感じながら、行うのである。主イエスならば、今の私たちの歩みをどう見られるだろうか、その祈りの交わりにおいて、かつても今も、後も、見捨てられず、見放されることはないと信じ、生きるのである。