「袖すり合うも他生の縁」と言われるが、ほんのひと時でも、出会い、顔を合わせ、言葉を交わした人は、後になっても、どうしているかふと心に浮かんで来るものだ。ペシャワール会現地代表であった中村哲氏は、殊にそういう人であったが、突然の召天から7年過ぎようとしている。現在、運営はそのほとんどが現地の人々に手に委ねられ、地道にこつこつと、事業は継続されている。最新刊の会報の活動報告によれば、年々、豊かな水源となっていた山々(五千メートル級のスピンガル山脈)の雪がめっきり少なくなり、従って干ばつが一層ひどくなっている状況である、という。干ばつに備えて、畑にはサツマイモの植え付けが行われており、こんな記述も伝えられる。「芋を護るのは寒さからだけではない、2022年3匹の猫が放たれ、ネズミをくわえている姿が目撃され、仕事をこなしているようだ、現在は16匹ほどに繁殖している」。猫も会員のひとりであるのか。
直近の会報に、アーカイブズとして、かつての中村哲氏の書かれた文章が再録されていた。印象深い記事である。『識字率の神話』と題されている。「文化とは何だろうか、と考えたのはヒンズークッシュの山中を羊飼いに連れ添って単身歩いていた時だ。ある村で日が暮れ一夜の宿を請うた。どこの村にもゲストルームがあって、旅人を快く泊める。だが住民たちは日本人など初めてで、私を見ようと、まるで、縁日の夜店のように人が集まってきた。その時私は高価なニコンのカメラを持っていたので、ふと不安になった。自分を殺して持ち物を売りさばいて山分けにしても、誰も分からない。わずかの間だったが不安に駆られて見守っていたところ、お茶が配られ、誰かが石油缶の底を叩いて調子をとり踊りが始まった。そのうち一団が輪を作って座り、即興詩を吟じ合って、歌会が催された。客人の歓待と自分たちの娯楽を兼ねるというわけだ。私は村人の好意に対して恥じ入った」。
まだペシャワール会の活動が緒に就いたいたばかりの、初めの頃の体験記である。「不安に駆られて見守っていた」、そして村人たちの好意に「恥じ入った」という。「日本人など見るのも初めて」というような場所で、未知の人々との出会い、さしもの中村氏と言えども、不安に駆られ、臆している。しかし程なく、村人のあたたかなもてなし、振る舞いに「(内心)恥じ入る」ことになる。「実を示す」という言い方がある、「嘘偽りのない本当の姿や本心を明らかにすること、または実際の成果・実績を証明すること」を意味している。どういう時にそれが現れるか。「自己開示」というが、面接などで自分で積極的に、自分自身の真実の姿を相手に伝えようとする時がある。しかしそれはどこかまだ取り繕った仮面のを被った私の姿かもしれない。
私たちは、自分の本質や真実を、何ものか、何事か、思いがけないそこに生起した状況によって引き出される、自分の実際があらわにされることが起こり、それで自分でも思ってもみない、今までにない認識がもたらされるということがある。自分が砕かれる体験である。そういう思いをされたことがあるだろうか。
今日はコリントの信徒への手紙二6章からお話をする。パウロの手紙の中でも有名な個所であるし、それ以上に彼の本音、リアルな心情(やはり格好つけているにせよ)が、素直に語られている文面である。彼一流の「パウロ節」と言ってもよい、彼らしい言葉の調子である。ひとつは、パウロは一つの事柄を説明するときに、思いつく限りの語彙をちりばめて語るという癖がある。5節以下「大いなる忍耐をもって、苦難、欠乏、行き詰まり、鞭打ち、監禁、暴動、労苦、不眠、飢餓においても、純真、知識、寛容、親切、聖霊、偽りのない愛、真理の言葉」、パウロは当時の知識人として、さまざまな語彙を駆使して語ることのできる能力を持っていたことが分かる。過去に、数々の苦難の襲う中で、それに飲み込まれ、潰されることなく、数々の「良い実」が結ばれて来た、そのことを多彩な言葉を用いて読者に強く印象付けようとする。
もう一つの癖は、自分の生き方、あり方を語る際に、逆説を多用する点である。8節「わたしたちは人を欺いているようでいて、誠実であり、人に知られていないようでいて、よく知られ、死にかかっているようで、このように生きており、罰せられているようで、殺されてはおらず、悲しんでいるようで、常に喜び、貧しいようで、多くの人を富ませ、無一物のようで、すべてのものを所有しています」。この部分は文語訳以来「名訳」の誉れ高い個所ではある。ところが問題は、「ようで」と訳されている部分である。原文にはこの語はない。元々の文章は、正反対の事柄を表す言葉が、単純に結び付けられているのである、敢えて直訳してみれば「嘘つきで正直、無名で有名、死にそうで、生きていて、罰せられて殺されず、悲嘆して喜び、貧乏人で金持ち、無一物で、無尽蔵」。このように矛盾する正反対の用語を、そのままくっつけて、これまでの、そして現在の自分の姿を示そうとするのである。
新共同訳の「ようで」という言葉が入ると、「そう見えるけれども、本当はそうでなく、その実態は」という風に、真実を隠して、仮面をかぶって、生きているかのように、受け取られる恐れがある。確かにパウロはコリントの教会の人々、特に反感を持つ人からこう評されていたことは事実であろう「彼の手紙は重々しいが、(実際、会ってみると)、外見は弱々しく、話もつまらない」。こう陰口をたたかれて、この陰口を逆手に取って、ここで語っているのである。パウロはどんな困難も、つらさも苦にせず、ひるむことなく、前に進んで行けた人ではない。嘘つき呼ばわりされ、どこの馬の骨かと軽んじられ、投獄され、(病や事故や拷問で)何度も死にそうになり、悲嘆に暮れ、窮乏することもしばしばだった。しかしそこで起こって来たことはなにか。「嘘が真実を引き出し、死が生命を育み、悲しみが喜びを生みだし、貧乏が大きな財産となり、無一物が無尽蔵となる」という出来事であった。
彼は自分の人生に生じていることの背景を次のように語るのである。6節以下「忍耐において、艱難において、危機において、真理の言葉と神の力とにより、左右に持っている義の武器により、ほめられても、そしられても、悪評を受けても、好評を博しても、神の僕として自分をあらわしている(口語訳)。」ひとことで言えば人間的に見て、人間の押し付けるいろいろな物差しから見て、良いときにも、悪いときにも、どちらのときにも、信仰者として神の奉仕者としての自分自身のまことが示されている、というのである。人間の目から見て条件の良いときも悪いときも、うまくいくときいかないときも、成功も失敗もすべて、神のはたらきの時だ、というのである。成功ばかりか失敗もまた恵みのうちにある。神が働かれるなら、今日がどんな日であろうと、今日、恵みの日、今日、救いの日である。もし、神の働き、というところから人のやっていることを見るなら、そんなものすべて失敗であろう。しかし逆に失敗に働かれる神があるなら、人間の失敗は、神の成功へとつながってゆくだろう。
中村氏の文章の続き、「貧しい自給自足の山中の村で、村長がラジオを一台持っているだけ。いったい娯楽というものがあるのかと怪しんでいたが、人は楽しみをどこでも工夫する。玩具がなくても子供が遊びを見つけるのと同じだ。アフガニスタン、パキスタンには無数の詩人がいて、一部の作品は口から口へ伝承される。少し気の利いたものなら、即興詩をすらすらと作る。さしずめ日本の俳句や和歌に相当する。ペルシャ語もあるが地元の母語はパシュトゥ語でまだ書き言葉が完全には確立していない。私たちの病院に勤務する医師でもパシュトゥ人なら掛け合いの詩で楽しみ合う。驚くことに字の書けない有名な詩人もいて、相応しい尊敬を集めている。読み書きできないのを恥じることなく、軽蔑することもない」。
4節でパウロは「あらゆる場合に神に仕える者としてその実を示しています」と語る。「実を示す」という言葉は、直訳すれば「推薦する」という意味の用語である。これは「明らかにする、証明する」と訳すこともできる。良いも悪いも、いろいろな場合に直面してきた、その一つひとつの場面で、わたしの本当があらわにされて来た、とパウロはいう。どんな本当かと言えば「神に仕える者」としての真実である。こういうと、「神に仕える」というと、どんな困難な中にも負けず挫けず、倦まずたゆまず頑張ったのか、と思ってしまうがそうではない。「苦難、欠乏、行き詰まり、鞭打ち、監禁、暴動、労苦、不眠、飢餓においても」(パウロが味わった現実である)、そこで「純真、知識、寛容、親切、聖霊、偽りのない愛」が現れて来るのである。これはパウロ自身ががんばって顕わした自分のわざなのか。そうではない、神に仕える者は、実に同時に神から仕えられるのである。主イエスがそうであったように。主イエスの十字架への歩みは、死への歩みであると共に、私たちに命を与える歩みでもあった。見知らぬ地で、ひとり、仮寝の宿に身を寄せ、不安に駆られる夜に、未知の人々からのもてなしを受け、愛を受け、これまでの自分には分からなかった、味わったことのない楽しみと喜び、無学な普通の人々が、即興の歌を歌い交わし、何もないような中で、大きな楽しみを味わっている。主イエスの交わりにあったものは、初代教会の集いにあったものとは、こういう経験なのだろう。その衣の裾にも触れたいと願うのが、私たちの教会の祈りであろう。
今年も干ばつが心配されるアフガンの畑に、ネズミ対策で猫が放たれ、務めを果たしているようだ、という一コマ。思いがけない所に、支えや恵みはもたらされることを、知らされる。私たちの生きているところにも、同じ恵みや支えは訪れるのである。