祈祷会・聖書の学び 申命記4章15~25節

わが家に初めての子どもが誕生した時、病院の保育ベッドに寝かされた新生児の足首には「識別タグ」が付けられていた。赤ちゃんの取り違えなど不測の事態が起らないためであるが、未だ命名していなかったので、そこには苗字に続けてただ「赤ちゃん」と記されていた。それを見て、「すぐに名前を付けなければ」と強く感じた次第である。生まれ出た人格を呼ぶのに、そのものを表す固有の名を持たない、というのは実に不都合なことだ。関係とは、「呼びかける」ことに始まるが、その原点を欠いては、関係そのものも持ちようがないのである。聖書で「呼ぶ」とは、固有の名で呼びかけるという行為である。

私たちの「聖書」は新旧約、66巻からなる書物であるが、それぞれの文書に「題名」が付けられている。聖書は膨大な分量を持つ書物であるから、そうしないといろいろ実際に不都合が生じるからである。旧約の時代には、羊皮紙の巻物に記されたから、あまりに大部になると取り扱い困難となり。何巻にも分割し、識別のために各巻の固有名「題名」も必要になって来るという次第である。

日本語の聖書は、明治期に「漢訳聖書」を手本にして翻訳された経緯があるので、各文書の題名も、それに準拠している場合が多い。それらの中で難解な表題の筆頭は、やはり「申命記」であろう。「申」という漢字は、「繰り返し命じる」という意味を持っている。旧約の最初の五つの書物は、ユダヤ教では「律法」と称され、ユダヤ教信仰の根幹とみなされているが、「申命記」の内容は、最初から四番目までの文書中の「律法」を、再度まとめて語り直しているような趣を持つからである。ユダヤ教では、題名は最初の書き出しの言辞をあてるという原則で、「言葉(ディバリーム)」としている。

なぜこのような繰り返しの律法文書があるのかについて、聖書学者は紀元前7世紀のユダの王ヨシヤが行ったとされる「改革」との深い関連を考えている。即ち、神殿の修復中に祭司ヒルキヤによって「律法の書」が発見され、ご注進された王はこれに基づいて国の改革を布告したという出来事が、列王記下22章以下に記されている。この「律法の書」が現在の「申命記」の主要部分ではなかったか、と推測するのである。ヨシヤの改革の骨子は、「偶像の禁止」、「地方聖所の廃止」、「エルサレム神殿の中央集権化」の三点からなっていたが、「申命記」の中身はそれらの事柄を強調しており、いわば「改革」のシナリオであったと考えられるのである。

今日の個所は、「偶像礼拝に対する警告」と題されているように、「偶像」への厳しい戒めが記されている個所である。16節以下「堕落して、自分のためにいかなる形の像も造ってはならない。男や女の形も、地上のいかなる獣の形も、空を飛ぶ翼のあるいかなる鳥の形も、地上を這ういかなる動物の形も、地下の海に住むいかなる魚の形も。また目を上げて天を仰ぎ、太陽、月、星といった天の万象を見て、これらに惑わされ、ひれ伏し仕えてはならない」。このように徹底していかなる偶像も拒否されている。

キリスト教もユダヤ教の伝統の下に成立した経緯があるので、とりわけプロテスタント教会は、教会堂も簡素な設えを志向し、偶像と呼べるものはほとんど見当たらないであろう。明治期にキリスト教の礼拝に出席した日本人は、宣教師が何もないところ、いわば「虚空」に向かって祈る様を見て、非常に奇異な感に打たれた、との感想を漏らしている。「何もない所に向かって、ひたすら祈っている」というのである。

古代では「偶像」を持たない宗教、生活のすべてがそれと関わりをもって動いていたから「生活」と呼び変えてもいいが、は考えられなかった。各家々には、家族、部族の守護神の偶像が祀ってあり、曰く因縁のある至る所に聖所、神殿が建てられ、そこには必ず偶像が安置されていたのである。但し、メソポタミア文明の大きな都市、例えばバビロンのような大都には、大きな神殿が建立され威容を誇り、当然のことながらそこには巨大な神々の偶像が置かれていたのである。そして縁日ともなれば、都の大通りをに出車に乗った偶像が練り歩く、というのが当たり前の光景だったのである。それこそが文明社会の証明でもあったのだ。

同じ地域に生きて来たイスラエル人が、偶像の禁止という考え方を持つようになった理由は、文化史的に見ればそれほど明瞭ではない。ヨシヤ王が改革を断行しなければならなかったように、イスラエルにおける偶像崇拝は珍しい事象ではなかった。シリア・フェニキアの王女イゼベルを妃としたアハブ王は、エルサレム神殿に金の子牛の像を飾ったことで知られている。「偶像」は国際政治上、必須のアイテムのようなもので、それを祀ることで相互信頼を証しする装置の役割を果たしていたのである。

しかし、政治的な駆け引きのためとはいえ、偶像は人の目を魅了するがゆえに、圧倒的な威圧感を与え、意識がそれに飲み込まれてしまうという危険をもはらんでいる。人間、「見た目90%」と言われるように、判断基準を視覚だけに収斂させてしまうことは、他の感覚をないがしろにして、判断を誤らせることにもつながる。イスラエルの人々は、それを経験的に知っていたのであろう。偶像に満ちた場所に生きるからこそ、それに同調するのでなく、却って拒否することが、自分の自己同一性を堅固に保つ拠り所になるのである。偶像崇拝を厳しく禁じたのは、やはり自分らしさを喪失することの恐れからであり、それを守ることは並大抵のことではなかったのである。

しかしイスラエルのこうした「偶像」拒絶の観念の根本にあるものは何か、やはり神との関係から導き出される思考なのである。今日の聖書個所の結語、24節「あなたの神、主は焼き尽くす火であり、熱情の神だからである」。口語訳は「あなたの神、主は焼きつくす火、ねたむ神である」と訳出していた。「ねたむ神」が余りに人間的、世俗的過ぎるというので「ねたむ」という字句が変更されたのであろうが、実際、「ねたむ」という用語の方がインパクトが強いし、本来的な意味合いに近いと思われる。出エジプトよりこの方、イスラエルは、神から離反する歩みを繰り返してきたのである。それでも主なる神はかたくなな民を見放そうとはされなかった。そこにあるのは「ねたみ」としか表現できないような、主なる神がイスラエルに示された態度なのである。他のいかなるものにも渡すことはできない、という熱情が人間の上には注がれ、この世にひとり子を賜わるほどの愛に結実空したのである。「神はねたむほどに、あなたを愛しておられる」(ヤコブの手紙4章5節)。