去る6月10日、スペイン・バルセロナの「サグラダ・ファミリア(聖家族教会)」の「イエスの塔」が完成し、祝典ミサが挙行されたことがマスコミ各社から伝えられた。かの教会の主塔である「イエスの塔」は高さ172.5メートル、世界で最も丈の高い教会となったという。1882年に建て始められ、建築家ガウディの没後100年に合わせて、塔はめでたく完成したとのことである。各新聞社もいろいろお祝い記事を掲載していたが、次のコラムの文章に興味を引かれた。
「天にも届かんとする『バベルの塔』の建設を神は許さなかった。その試みは神の領域に近づこうとする人間の野心のあらわれであると。旧約聖書などでよく知られる物語である。神はどんな手を使って塔の建設を食い止めたか。建設にかかわる人間の言葉をばらばらにしたのだという。お互いの言葉が理解できなくなってしまい、作業が進まない。共通の言葉を失えば共通の目標へはたどり着けない」(東京新聞、6月11日付「筆洗」)。
人間何かことを行なおうとすれば、ただ一人でするのでないなら、何らかの「共通の言葉」が必要である。やはり共に見、共に考えることなしに、ばらばらに手前勝手に努力したところで埒はあかないから、人と人とを結ぶもの、「ことば」、それも何らかの「共通のことば」が必要となるだろう。そして現代という時代は、その共通の言葉を紡ぐことが難しい、いや、失ってしまっている時代なのだと言える。さてこの特異な風貌を持つ教会の建築者、ガウディは共に仕事をする職人たちに、どういう言葉を語ったのか。
今日の聖書個所は、パウロの第1回目の宣教旅行の発端が記されている。ペンテコステの出来事によって、ユダヤのエルサレムに最初の教会が誕生した。しかしユダヤの地のみならず、ほどなくして、異邦の地にまで教会は広がっていく。その多くはたくさんの人が行き来し、交流するような場所、例えば、パレスチナの地を離れた「離散のユダヤ人」、ディアスポラの住むような場所に、教会は根を下ろすのである。パレスチナに近いアンティオキア(シリアの)教会は、最も早くに成立した外国の教会のひとつであり、エルサレム教会と親密な関係を保っていたようである。エルサレム教会から、教師のひとりバルナバが派遣されていたことからもそれが伺える。練られて人格者のバルナバなら、首尾よく皆の心をまとめるだろう、という訳である。バルナバが派遣されたのも頷ける。教会に集まる人の数も多かったのだろう、さまざまな出自、出身、経歴を持つ多彩な者たちが、教会には集まっていたのである。バルナバの他にも、4人の者が教師として、教会の教務的働きを担っていたと伝えられている。その一人が、パウロである。バルナバは、この教会には、どうしてもパウロの働きが必要だと感じたのだろう。ギリシア語が巧みで、学歴もあり、ユダヤの伝統にも詳しい。教会の迫害者から、転向してキリスト者となった後、タルソスに引っ込んで、行方が分からなくなっていたこの問題の人物を、自ら尋ねて探し出し、説得し、アンティオキア教会に連れて来たのである。パウロ以外の教師、「ニゲルと呼ばれるシメオン」は、おそらくアフリカ人でかの地の文化や言語に通じていただろう。また「キレネ人ルキオ」もまた北アフリカ、リビア出身の人であり、彼もまた教養豊かな人物だったと思われる。また少々変わった経歴の持ち主、「領主ヘロデ(ヘロデ・アンティパス)のご学友のマナエン」、いいところの坊ちゃんだったか、このように背景の異なる多様な教師たちが、アンティオキア教会の宣教の働きを担ったということは、多文化、多言語によって盛んに活動が営まれていたことが、想像される。
そうこうしている内に、聖霊が告げたという。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために」。実際、これは非常に理にかなった、ふさわしい企画であったろう。パウロはダマスコ途上で復活の主イエスに出会い、伝道者(自称使徒?)となって以来、曲がりなりにも「宣教」には携わるが、それは行き当たりばったりの、無手勝流の働きであった。だから裏切り者として同胞から命を狙われるという危険な事態も生じて、行き詰まってしまった。だから故郷に引っ込んだのである。彼は「宣教の現場、実際」を知らなかった、つまりキリスト者としての、まだ「共通の言葉」を見出していなかったのだ。バルナバはこのパウロに、どうにかして実践の学びの機会を体験させたかった。
そこに聖霊が働いたのである。聖霊の指示によって、二人は宣教旅行に出かけることになる。パウロにとっては最初の宣教旅行である。行き先は「キプロス」、この地は他ならぬバルナバの故郷であった。土地勘もあり、知り合いや助力者を得やすかったという事情もあり、ここでならパウロの実践の学びに好都合だ、と判断したのだろう。初代教会において「共通の言葉」は、実に聖霊によってもたらされたのである。そしておそらく今でも、私たちはそれ程意識しないかもしれないが、聖霊の告げる言葉が、教会を動かしている。
そうして送り出されたバルナバとパウロ一行、旅の早々に、ひと悶着が起きるのである。「ユダヤ人の魔術師で、バルイエス(イエスの子)という一人の偽預言者に出会った」。この魔術師は「エリマ(魔術師)」と皆から呼ばれていたということなので、この地では有名人だったと思われる。上手いこと地方総督に取り入って、その庇護を受けぼろい商売をしていたのだろう。そこにバルナバとパウロがやって来た。「総督」の役目はとにかく治安維持だから、よそ者が来て人を集めて何かやっている、と聞けば、その者たちの様子や素性をすぐに探らせるのが常道である。何か風変わりの珍しい話をするという。大体、総督職は暇だから、暇つぶしにバルナバとサウロを招いて、その珍奇な話を聞こうとした、というのだろう。ところが魔術師は折角の飯の種、パトロンである総督に、心変わりされたらかなわんとばかり、二人に対抗して、総督を彼らから遠ざけようとした。
負けず嫌いのパウロは、このせこい根性の魔術師をにらみつけて、呪いの言葉を投げかける。「ああ、あらゆる偽りと欺きに満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵、お前は主のまっすぐな道をどうしてもゆがめようとするのか。今こそ、主の御手はお前の上に下る。お前は目が見えなくなって、時が来るまで日の光を見ないだろう。」実はこれ、かつてダマスコ途上でパウロ自身が味わった体験、そのままのことを言葉に発しているのである。つまり、その魔術師に、パウロはかつての自分の姿を二重写しに見たのである。人は誰も関係の中で生きる存在で、皆どこかしら似た者同士で、どこかつながっている。だから「関係ない」という断絶の言葉は、非常に底の浅い人間理解である。
さて、「魔術」とは普通このように説明される「超自然的手段を用いて、善悪いずれであれ自分が望むようにこの世の現象を操作し変えようとする」、それが魔術(マジック)である。パウロは魔術師ではなかったが、自分の信仰に熱心の余り、自分の正しさに固執し、自分が望むようにこの世の事柄を操作し、変えようとひたすら努力した人なのである。それがキリスト者への迫害という行動へと繋がって行った。かつてのパウロは、この魔術師とどっこいどっこいの人間であったのだ。自分の正しさ、自分の義に寄り縋る者は、真実が見えなくなる、つまりすべてに目を背けることとなるのである。
最初にサグラダ・ファミリアの話題を語ったが、そこで33年間、彫刻家として教会の建築に携わっている外尾悦郎氏はこう語るのである。「時代を超えた営みの中では、個人の命なんて小さく、自分は何も完成させることはない。だから、自分は芸術家でも何でもない。そして、一個人の作品を作ることより、こんなすごい生き物(キリストの体)の一部になれることの方が、喜びはずっと大きい。ガウディだってサグラダ・ファミリアを自分の作品とは思っていなかった。職人たちの喜びがあふれている空間なのだ」。そして最初のコラムの文章は、こう結ばれる。
「1882年の着工以降、このカトリックの教会建設においても大切な『共通の言葉』を何度か失いかけた。ひとつは1926年のガウディ自身の死。もうひとつはスペイン内戦であり、図面や模型を失った。それでも、『バベルの塔』にならなかったのは図面を失うともガウディの設計思想と完成させたいという熱意を『共通の言葉』として建築にかかわったすべての人が守り抜いたおかげなのだろう。『諸君、明日はもっといいものをつくろう』。亡くなる直前、ガウディは職人たちにこう呼びかけた。その言葉を一日一日積み重ね、この日を迎えた。全体の完成は2035年ごろと聞く。もう少しだ」。
「時が来るまで」とパウロは言う。神の御心、神のまことがまったく分からず見えなかった自分も、主の憐れみによって導かれ、使徒とされ、今こうして主の働きの一端を担う者とされている。宣教旅行の中で、彼は神の計画の不思議さ、有難さをかみしめていたことであろう。目に見えないが「聖霊が告げる」のである。人間は自分の正しさを立て、自分の目論見で計画を作り、自らの力で実行しようとする。ところが教会は、すべて聖霊の正しさによって、聖霊の目論見によって、聖霊の力によって、出来事が起こされるのである。だから私たちが思ってもみない出来事が起こり、思いがけない実りがもたらされる。そして本当に神が生きて働いてくださっているのを見て喜び、鈍いながらも恵みを知らされるのである。
次週、私たちは「創立50周年記念日」を迎える。何よりうれしいのは、皆さん方が、教会創立の際に、最初にここに集められた信仰者、信仰の先達たちの祈り、教会設立の目標を大切に受け継ぎたいと願っておられる、という心である。「目標」は、人間の言葉で記されているが、その源は「聖霊が告げた」ことばに発するのである。それをなお心に温めながら、聖霊の風の吹くまま、魂に風を受けて、共々に歩んで行きたいと願う。