「お正月には凧あげて」と懐かしの唱歌に歌われるように、この国の新年の風物誌として、「凧あげ」は庶民の大きな楽しみであったようだ。熱が入りすぎて幕府から「禁止令」が出されるに至ったとも伝えられる。都市では高層マンションが立ち並び、空き地の見えない現在では、凧あげもまた過去の遺物となりつつある風情である。
CNNの伝えるところによれば、「戦禍にさらされるパレスチナ自治区ガザ地区では爆撃された建物の残骸から立ち上る煙に交じって、少年たちが凧を上空に揚げ、つかのまのやすらぎを醸し出す光景が広がることもある、という。イスラエル軍の空爆などがいつ起きるかわからない絶え間ない恐怖心に襲われる中でも、楽しみごとは奪われないとする少年たちの気持ちを見せつける凧揚げともなっている。凧を作る材料は乏しいが、戦闘の痕跡が残る路上などで見つけられるものは全て活用している。プラスチック製のバッグ、小枝や紙片などは十分に風に乗る材料となり得る」、と報道している(2024.03.24 Sun posted at 16:00 JST)。この国でのかつての風景と重なるところがあろうか。空爆で破壊され瓦礫となった、荒れ果てた町の空に浮かぶ子どもたちの揚げる凧は、戦禍を避けて逃げ惑う人々の心に、どう映っているだろうか。そういう悲惨の中にも、子どもたちの遊びがあることをどう私たちは受け止めるのか。
今日の聖書個所に、「見よ、わたしが国々に向かって手を上げ/諸国の民に向かって旗を揚げる」という章句が見える。「手を上げ」、「旗を揚げる」という言葉から、軍馬に乗った王が、手を高々と上げ威光を誇示し、さらに軍の士気を高めるために自らの威厳の象徴である「軍旗」を高く掲げるという情景が浮かんでくる。それは、古代の王国ではよくある光景だったであろう。考古学の発掘によって5000年前の古代ペルシアの金属製の旗印が発見されている。そこにはかの国のシンボルである獅子と太陽が描かれている。また古代エジプト人は織布や染色に優れた技術を有していたが、「聖なる神の旗印の下に、軍勢を進め」というように言辞も記されている。
「旅」という漢字は、しばしば、「旗(㫃)」の下に「人々(从)」が並んで隊列を組む様子から成り立ち、「軍隊」や「集団の移動」を意味し、転じて「たび」を意味するようになったと説明される。即ち、同じ旗印の下に集まった兵士や人々が、隊列を組んで移動する姿、つまり「軍隊」や「軍団」を表し、そこから「軍隊の移動」、さらに日本語の「たび」という言葉に重ね合わせられたという。
しかし、今日の聖書個所が語る「手を上げ、旗を揚げる」というみ言葉が、王の率いる軍勢を鼓舞するという古代の一般的な光景を物語る、と直につなげて理解するのは、この文脈から正しいのかという疑問が生じるのである。聖書の国、南王国ユダは紀元前587年バビロニア帝国によって滅ぼされ、住民は首都バビロンに捕囚の憂き目を見る。民の残り者たちが強制連行によってバビロンで暮らし始めて以来、半世紀が過ぎようとしている。その捕囚民の子孫の間に活動した人が、イザヤ書40章以下の言葉を語った無名の預言者、いわゆる「第二イザヤ」である。さしものバビロニアの栄光も落日の趣で、今にも消え去ろうとしている。それに代わったペルシア帝国がメソポタミアに台頭し、その王キュロスは捕囚民の解放を告げ、故郷への期間を命じたのである。
すでに聖書の民、ユダの人々は、半世紀余り、異郷の地バビロンで暮らしている。決して短くはない、それだけの期間が過ぎれば、生活もそれなりに整ってくる。素より異郷の地である、故郷に暮らすのではないから、いろいろ制約や不自由、差別や偏見を被ることになる。それでも、半世紀、短くはない時を、忍耐して過ごし、生計の道を見つけて生き抜いて来たのである。一番の問題は、お金や仕事のあるなし、あるいは健康や家族が守られるという保証等の問題ではなかった。今更、荒れはてた故郷に帰ってどうするのか、家も知り合いも何もない荒れ野に戻って、どうするのか。ユダの国は、半世紀前の敗戦による崩壊で、打ち捨てられたままになっている。そこに戻れというのか。安住の地は、ここバビロンに、既にあるではないか。このまま暮らした方が、よほど安心ではないか。
捕囚民の一番の問題は、立ち上がり、歩み出す力を失ってしまっていたことなのである。その心情が14節にはよく表現されている「シオン(エルサレム)は言う。主はわたしを見捨てられた/わたしの主はわたしを忘れられた、と」。もうすでにバビロンに住む私たちのことを神は忘れられた。エルサレムにも無関心だ、私たちは全く捨てられた。見捨てられた。無名の預言者は、この民の心にみ言葉を告げるのである。そこに語られるみ言葉が「見よ、わたしが国々に向かって手を上げ/諸国の民に向かって旗を揚げる」なのである。するとこの情景は、当時の勢いある王が配下の軍勢を鼓舞するという常識的な光景を語るものであるのだろうか。
「(ある)非営利機関(#MeWe・International・Inc)の創設者は最近、人道支援のボランティアとしてガザを訪れ、ガザ南部の海岸で子どもたちが凧揚げに興じ、笑顔を見せる動画を撮影した。別の映像では、少なくとも5個の凧が遠方で立ち上る煙を背景に空中にゆらめく場面も収められていた。『毎朝あるいは毎夕に凧は空に舞い上がっている』とし、同時に『爆撃音や爆発音も聞こえるだろう』と説明(する)。『食料がなくて飢えている家族がいる数千ものテントも見いだされるだろう』と述べた。CNNに提供された音声記録でガザ住民の1人は凧はパレスチナ人の自由を象徴しているとも主張した。『凧は自由だが、私はそうではない』ともつけ加えた。『非常に細い糸を使って凧を飛ばしているが、この糸は私がいつかは自由になれるだろうことを感じさせるものだ』との思いも打ち明けた」という。ミサイルの落ちて来る空にも、子どもたちの凧が浮かんでいるのである。
今日のみ言葉に語られるヴィジョンは、「軍旗はためく下に」ではないだろう。勇ましく行進する大軍列が、深く傷ついた人々の心を癒し、再び立ち上がる力を与えるだろうか。戦火と破壊や殺戮の中で、それでも子ども達が上げる凧の方が、却って大人達の心を慰めているのではないか。25節「主はこう言われる。捕らわれ人が勇士から取り返され/とりこが暴君から救い出される。わたしが、あなたと争う者と争い/わたしが、あなたの子らを救う」。人が真に解き放たれるのは、軍事力による平和ではない。圧力や威嚇や威圧によって、人は平安を得るのではない。
「たび」の語源としては、「他日(たび)」、即ち「いつもの日を離れて、他の所に赴くこと」や「他火(たび)」、即ち「よその火を借りて過ごすこと」、あるいは「給う」、即ち「食べ物を乞うこと」という意味合いが基であったと言われる。いずれにしても、「移動」するに際して、日常を離れるゆえに、不便や危険、トラブルが予想されるから、独りで行くには荷が重いので、皆で支え励まし合いながらというニュアンスが滲んでいることは当然であろう。そこに居られる主のみ手を、深く求めたい。