祈祷会・聖書の学び 出エジプト記24章9~18節

最近、「食育」でしばしば話題となる「こ食」、この「こ」にどのような漢字が当てはめられているか、見当がつくだろうか。「孤食」「個食」「固食」「粉食」「小食」「濃食」「子食」「戸食」「虚食」、なんと9つの語が充てられるのが、「こ食」で、現在の家庭の食卓の問題点を如実に表していると言われる。「個食」、家族が揃っているのに、全員が自分の好きなものを食べる、「バラバラ食」のこと。「固食」、自分の好みで決まったものしか食べないこと。「粉食」パンやピザ、パスタなど小麦粉を使った主食を好んで食べること。「小食」、ダイエット目的等で、少しの量しか食べないこと。「濃食」、加工食品など濃い味付けのものを食べること。「子食」、兄弟や友達と一緒に食事をとる「子どもだけ」の食事。「戸食」、外食が多い食生活。「虚食」、忙しさにかまけて、食事を抜いたりおろそかにすること。

こう説明されると、確かに「こ食」は、健康に多分に悪影響を与えかねないとつくづく思わされるが、それでも昔の食生活から考えると贅沢であり、こうした食のあり方ができるということは、物質的には豊かな生活が背景にあるということだろう。但し、最近、この国で子どもを取り巻く家庭の貧困が、よくニュース等で伝えられる。政府広報では「厚生労働省の調べによれば、日本の17歳以下のこどもの貧困率は11.5%(2021年)で、約8.7人に1人のこどもが貧困状態にあるともいわれています。家庭が『相対的貧困』(その国の所得「等価可処分所得」の中央値の半分に満たない状態の状態)にあることで、健やかな成長に必要な生活環境や教育の機会が確保されていない」、と記され、問題の第一は「栄養バランスのとれた食事は、1日の中で給食しかない」ことだという。

「こ食」にしても、「貧困」にしても、食べることの問題が、人間生活の最重要課題としてそこに現れていることがうかがい知れるであろう。歴史を繙けば、人間はずっと飢餓との戦いに明け暮れて来たし、物質的豊かさが獲得された文明社会にも、飽食の中に飢餓が存在することで、「食」の問題は決して過去のものではない。「何を食べたかを言ってみたまえ、君がどんな人かを言って上げよう」(ブリア・サヴァラン『美味礼讃』)。この警句は、現代、違ったニュアンスで受け止めることができるのではないか。

今日の聖書個所は、「シナイ契約」の契約締結の時の有様を物語っている。ここで語られている事物や儀式、そして振る舞い等は、後の王国時代に、エルサレム神殿で執行されていた祭儀、いわゆる「契約更新祭」の次第と重ね合わせられていると思われる。即ち、神殿の床は、一部分(中央部分であろうか)が釉薬で青く着色されたタイルで彩られていたのであろう。さらに祭儀式の要素として、「契約の書」の朗読、「宣誓」、契約のしるしとしての「奉献」、犠牲の「血の注ぎ」、それは会衆にふりかけられる。さらにシナイ契約の中枢である「十戒」の石板の奉納、こうした諸々の事物を一様に配して、神殿祭儀が執行されたのであろう。

そこで最も中心、かつ重要な要素は、11節「神はイスラエルの民の代表者たちに向かって手を伸ばされなかったので、彼らは神を見て、食べ、また飲んだ」。ここで注目されるのは、「彼らは神を見て」と語られることである。旧約には「神を見た者は死ぬ」という強い観念があるが、どうして大勢の民が、神を見て、何ともなかったのか、と訝しく感じられるのである。

一般論として、そもそも神は人には見えない存在であるから、どんな方法を用いたとしても、見ることは不可能なのである。それでもなお、見ようとするなら、それは分を超えた不遜な態度であるだろう。さらに人間はほとんど視覚からの情報で物事を判断する傾向があるから、視覚偏重の危うさを免れ得ない。見えるものに殊更にこだわるのは、偶像崇拝と同じ思考回路なのである。だから見ることで神を知ろうとするなら、行き着く先は「破綻」なのである。これが「神を見た者は死ぬ」という発想の背景である。

ここで「神はイスラエルの民の代表者たちに向かって手を伸ばされなかった」と注釈が加えられているが、この文言のニュアンスでは、民と共に喜ぶ神の姿が、背後に透けて見えるような描き方である。即ち、契約の締結を喜び祝い、無礼講をお許しになる神が共におられるのである。そもそも「共食(きょうしょく)」は、どこの文化にも見られる習俗であり、それは、他者と同じ空間で同じ食事を共にすることである。単なる栄養補給にとどまらず、仲間との連帯感を強め、精神的な安らぎやコミュニケーションを生み出す社会的・文化的な力を育むものであったから、古代の文明においても普遍的になされて来た営みであり、古代オリエントでは、約束や同盟(契約)を結ぶ際、当事者同士が顔を突き合わせて食事を共にする習慣があったが、イスラエルのそれは人間同士の連帯を目して行われるばかりか、最初から宗教性を強く含む観念であったと言えるだろう。神は、人々が共に集い、喜びの内に食事を分かち合い、食べることを喜ばれるのである。その喜びの宴に、神もまた同席される、これがイスラエルの信仰のかたちなのである。

新約では、主イエスが様々な時と場所で、人々と共に食事をする場面が描かれている。「最後の晩餐」は、その顕著な例であるが、それだけが種と共なる食事ではなかった。多くの場合、不特定多数の人々と食卓を共にすること、分けても「罪人や取税人」と食事を共にすることを、主イエスは全く厭われないばかりか、積極的にそういう人々と交流されたのである。そのため、ファリサイ派の人々から「大飯食らいの大酒飲み」と有難くない評判を立てられるほどであった。しかし、この主の振る舞いが、どういうところから生まれて来るのかを、今日の個所から深く読み取ることができるのではないか。

韓国の詩人、金 芝河(キム・ジハ)氏の詩『飯が天です』。「飯が天です/天を独りでは支えられぬように/飯はたがいに分かち合って食べるもの/飯が天です/天の星を共に見るように/飯はみんなで一緒に食べるもの/飯が天です/飯が口に入るとき/天を身体に迎えます/飯が天です/ああ 飯は/みんながたがいに分かち食べるもの」

文明の発達によって、世界は飽食の時代を迎えたかに見える。しかし「飢餓」がもう過ぎ去った過去のことではなく、かたちを変えて「格差」として、「孤独」として、新しい形相をもって私たちの目の前に現れている。主イエスが、「人はパンだけで生きるものではない」と語られ、悪魔に旧約のみ言葉を持って対したことを、いつも思い起こしたいと思う。