説教『小さき群よ、恐れるな』(ルカ12:29~34)

2014年9月28日                主日礼拝・説教要約
説教『小さき群よ、恐れるな』(ルカ12:29~34)

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◎9月最後の主の日を迎えました。先週は、崔善愛さんのトークとコンサートがありましたが、改めて今、
日本人として、また、キリスト者・教会として考えるべきことを教えられた思いです。来月は教会修養会が開催されます。教会が取り組むべき伝道・奉仕・交わりという課題について共に考えて参りましょう。
◎今日取り上げる聖書の御言葉は、ルカ12:29~34です。前回は12:22~31を取り上げ、「思い悩むな、神に信頼し安心して生きよ」「置かれた所で精一杯に生きよ」「今日と言う一日を精一杯に生きよ」ということを学びました。今日はそれに続いて12:31~34を取り上げ、より積極的な教えを学んで参ります。
◎まず、12:31でイエス様が教えておられるのは「ただ、神の国を求めなさい」ということです。前回は「思い悩むな」と教えられましたが、では、何を目標に生きて行ったらいいのか。それは「ただ、神の国を求めよ」ということです。何よりも先に、第一に「神の国を求めよ」と言うのです。神の国とは、神の支配のことです。「神の救い・恵み・愛・正義・平和・祝福の支配を求めよ」というのです。私達が生きている現実の世界は、光と闇が交差しています。紛争・差別・殺人・憎悪・対立・争いなどが絶えません。
しかし、そのような世界に主イエスは来られ、この世の罪を担い、その罪を赦してくださった。この世の救いは成し遂げられたのです。主イエスの到来により神の国は始まったのです。そして、再び主は来られ、神の国は完成します。私達はその神の国が実現することを待ち望んでいます。主は「ただ神の国を求めよ、そうすれば、これらのものは加えて与えられる」と言われます。神の国を求めることが第一なのです。
◎では、「神の国を求める」とは具体的にはどうすることでしょうか。それは祈ることです。主の祈りに「御国が来ますように、御心が天になるごとく地にもなりますように」とあります。まず、「御国が来ますように」と祈りことが第一です。しかし、祈れば自ずと行動が生まれます。神の愛・正義・平和が地上になるように祈り時、行為・行動が生まれます。19世紀に牧師として活躍したブルムハルト父子は「待ちつつ急ぎつつ」と教えました。神の国を待ちながらも、神の国の到来にふさわしい世界にするために働くことが求められます。ただ指を加えて神の国を待つのではなく、神の国のために働くことが大切なのです。
◎続けて12:32では「小さな群れよ、恐れるな」と教えられています。これは、ルカ特有の言葉ですが、なぜ、ルカはこの教えをここに加えたのでしょうか。それは「神の国は小さい者・貧しい者にこそ来る」ことが福音の真髄だからです。主イエスは、幼子を真ん中に立たせ、「私の名によってこの子どもを受け入れる者は、私を受け入れるのである。あなた方の中で最も小さい者こそ最も偉いのである」と教えました。私達は強いこと・大きいこと・数が多いことが価値あることと考えますが、主は小さい者こそ最も偉いと教えます。これは聖書全体のメッセージだと言えます。弟子達は小さい群でしたし、そのことを恐れていました。しかし、「小さい群よ、恐れるな」と教え、励まします。主は「恐れるな。私は共にいる」と教えました。これは聖書全体の教えです。「神は共におられる。恐れるな」と繰り返し教えています。
◎特に「小さい群よ」と呼びかけられていることに注意しましょう。主は一人一人と共におられますが、同時に二人・三人と言う小さい群にも共にいます。主は「二人、または、三人が私の名によって祈る所、集まる所に私もその中にいる」と言われました。初代教会は最初、小さな群れでした。この主の言葉は、初代教会の人々にとって大きな励ましの言葉だったのです。これは今日の日本の教会にも言えます。日本の社会にあって教会は小さな群れです。しかし、教会は、そこに主が共にいまし、そこに神の御心があり、神の国を先取りしている所です。香川県の瀬戸内海の直島には伝道所がありますが、3人の教会です。しかし、今、新会堂の建築に向けて歩み始めていると言います。「小さい群よ、恐れるな」の声が響きます。
◎最後に12:33~34で教えられていることを見ておきましょう。ここではまず、「自分の持ち物を売り払って施しなさい」とあります。「施し」は旧約以来の大切な愛の教えです。この世の富とは、申命記8:18に「富を築く力を与えたのは主である」とあるように、神が与えたものです。ですから富は神に返すべきもの、神のため・世のために用いるものです。貧しい人達に施すことが神の御心に適ったことなのです。
施すことは神への信仰の現れであり、神と人への愛の現れです。施しは愛と信仰から生まれるものです。
◎そして最後に主は「富は天に積みなさい」と教えます。宝とは私達が最も価値を置く物、一番大切にしている物です。その宝を天に積むとは、私達が価値ある物・最も大切にしている物を天に積むということ、神様・神の御心を第一として生きるということです。神を第一として生きることが求められているのです。