6月を迎えた。この月は入梅の時期でもある。はっきりしないぐずついた天気がしばらく続く。雨の日は好きだろうか。こんな話を聞いた。「『日本人は雨にぬれると溶けるらしい』。年末年始にアフリカのモロッコ旅行から帰った家人が、現地の人たちがそう言っていると教えてくれた。添乗員から聞いた話で、もちろん当地のジョークだが…。雨が降り出すと、すぐに傘を差すことに由来するそうだ。向こうの人はあまり傘を差さず、服がぬれても乾くのを待つという。サハラ砂漠があり地中海にも面した同国は、多湿で雨にぬれると不快な日本とは感覚が違うのかもしれない」(5月27日付「滴一滴」)。
温暖化の影響で、学校の運動会の開催時期を決めるのが大変な時代である。脚本家の山田太一氏の随筆に「運動会の雨」という文章がある(『いつもの雑踏、いつもの場所で』)。
「校歌を作った縁で小学校の運動会の案内がきた。ところが薄日の射していた空がみるみる暗くなり『おやァ?』などといっているうちに四種目残して雨が落ちはじめ、あっという間に土砂降りになった。(運動会がどうなったか)、『最後のリレーだけやろう』と校長が、決心したようにいった。一年生から六年生までの選手が走るリレーである。豪雨の中、どんどん順位が変わる。ころぶ子が何人もいて、ころばなかった子も泥まみれで、素晴らしいレースだった。涙を拭く大人が何人もいた。終わって全員が雨の中に整列し、同じくずぶ濡れの校長が閉会の挨拶をし、あとで考えると不思議なくらい大きな感動がグラウンドに満ちた。ものすごくエキサイティングだった」。30年前の学校行事のひとこまである。今の学校現場では、生徒の安全と健康を気遣って、抗議の嵐が押し寄せるような事件となるかもしれない。それはその通りとして、「晴耕雨読」、雨の時は静かに家に引きこもって、とは真逆の、嵐の中、外に飛び出て行くような行動を取って、新しく何かを知り得たような経験をしたことはないか。不思議なもので、人は一度、雨に濡れると何か吹っ切れるというようなところがある、「吹っ切れる」そういう経験はないだろうか。
今日の聖書の個所は。3章から続く長い逸話の棹尾を飾る部分である。神殿の「美しい門」の前、エルサレム神殿は広壮な建造物だから、門があちらこちらにある。大きさも大小さまざまで、「美しい」と名付けられるほどだから、一番大きく壮麗な門、正門だったのだろう。当然、多くの人々がそこから中に入って来る。その門の前に座る、身体の不自由な人と、ペトロ、ヨハネとの出会いが語られる。たくさんの人々が通るということは、物乞いにはうってつけの場所である。ペトロらは、門の前に座る人にこう言う、「わたしには金や銀は(お金)ないが、わたしにあるものを上げよう」。
ここから出来事が始まる。初代教会の実情が、この一言で読み取れる。恐らく初代教会は、維持費や運営費の捻出に、非常に苦労していたのだろう。「金や銀はない」のである。しかし、何はなくても、教会にはあるものがちゃんとある。それはただ「主イエス・キリストの名」である。「主の名」、私たちはすべてのことを、これによって行うのである。賛美、祈り、礼拝は素より、あらゆる奉仕から愛餐会で飲み食いすることまで、あらゆる活動をここから行うのである。「主のみ名」によって行う時に、そのすべては「主イエスの働かれる出来事」となる。しかしこの一事、これを忘れる時、教会は他の世俗集団と何ら変わらなくなる。
ところが、この「主のみ名」から始まる出来事が、大騒動を引き起こすのである。俗に「バタフライ効果」という喩えがある。気象学者のエドワード・ローレンツが1972年に行った講演のタイトル「ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすか?」という比喩に由来しているのだが、気象のシミュレーションにおいて、小数点のほんのわずかな誤差(蝶の羽ばたきほどの小さな違い)が、将来の気象予測を劇的に変えてしまうことから名付けられたという。小さなきっかけが、後に大きな事態を生じさせる、教会はそういう出来事の舞台である。もっとも「蝶」ではなくて「名」なのであるが。物語の末尾、31節に「場所が揺れ動いた」と語られるが、「主イエスの名」が教会を、そして地域を揺り動かしたというのである。「金や銀はない」、という共同体、今もこの世では惨めな憐れむべきその群れかもしれないが、地域を、そこに居合わせていた人々を揺り動かし、大胆に神の言葉を語られて行く。事実これが教会の真実の姿というものである。
この個所のキイワードは、「大胆に」である。13節「ペトロとヨハネの大胆な態度」、そして31節「大胆に神の言葉を」という具合に、「大胆」、あるいは「大っぴらに」、また「忖度せずに」というような意味合いの用語である。この「大胆に」という言葉を聞くと、宗教改革者の名文句を思い起こさせる。「キリスト者よ、大胆に罪を犯せ。大胆に悔い改めて大胆に祈れ。」かの有名なマルティン・ルターのこれまた有名な言葉である。「大胆に」が幾度も繰り返されている。「大胆に、大胆に、大胆に」。これは何も「罪を犯しなさい」との罪への勧めを語るものではない。この言葉の強調は、「大胆に」というところにある。恐らく、ルターの時代の教会の人々が、自信を失い、萎縮しおどおどと弱気になっていたという時代の精神があり、それへの励ましなのであろう。そればかりか、ルター自身も、おどおどと弱気なっていたのであろう。カトリック教会からの圧迫、生命の危機、様々な批判・中傷、そして嵐の中のような宗教改革のうねりの中で、これから教会や、キリスト者が、否、他ならぬ自分自身がどうなっていくのか、皆目分からないという不安や慄きに、彼自身も捕らえられていたのである。それで彼は自らを奮い立たせるように、励ますように語るのである「大胆に!」と。
私たちがキリスト者として生きている時に、つい判断を誤ることがひとつある。それは、私たちは、生きる時に何らかの判断をしなければならない時にこう考えてしまう。「これはいいことだ。これは悪いことだ」。「こうすることがいいことだ。こうすることは悪いことだ」。つまり善悪の判断をしながら生きることが、主イエスを意識して生きること、神を信じて生きることだと思い込んでいるのではないか。すると神は「善悪」の神なのである。ところが何がよいか、何が間違っているかということはキリスト者でなくても、誰しも考えてしていることである。信仰がなくても、人間は善悪を判断するのである。しかし、キリスト者として生きるということは、これはよいことだ、これは悪いことだ、という善悪の判断で生きることではないとルターは言うのである。
今日の個所で、「大胆に」あるいは「大胆な態度で」と弟子たちの様子・振る舞いが伝えられている。作家の遠藤周作は、ここに新約聖書最大の謎がある、と言う。「あんなに弱虫だった弟子たちが、強虫になった。余程のことがなければ、こうはならない」。その余程のことを、彼は「復活」と呼ぶのである。「強虫」とは言いえて妙である。主を見捨てて逃げ去った弟子たちは、小さな虫けらのようであろう。そうであることに変わりはないのだが、強い虫けらになった。何もライオンや象のように勇猛果敢な大勇者になったという訳ではない。13節に「二人が無学な普通の人であることを知って驚き」。見栄えが良い訳(わけ)ではない、たくましい訳ではない。言葉も洗練された言い回しや、しゃれた、あるいは深遠な話題を語るのでもない。彼らの語り口は朴訥で素朴なものであったろう。しかも田舎者、ガリラヤ訛りで語るのであるから。
しかし彼らは、大胆に神の言葉を語ったのである。「大胆に」とは「恐れずに、臆することなく」、という意味ばかりでなく、「喜んで」あるいは「楽しそうに」または「何をもはばからずに」。「語りたくて語りたくてしょうがない」という風にも意訳できる。彼らは言う、20節「わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです」。
彼らは「神の言葉を語った」という。「神の言葉が彼らを大胆に語らせた」とも訳し得る。ここから知れることは、彼らは神からの言葉を頂いて、神の指し示すところを見、神が見ておられる場所、もの、神の事柄、神の見ておられる方向に目を向け、そこで見えたもの、聞いたものを語ったのである。善悪を判断して生きることが、信仰ではない。主イエスのの見ておられる方向に私もまた目を注ぐのである。今、主は世界のどこを見ておられるのだろうか。きらびやかな宮殿か、核ミサイルのボタンか、あるいはガザで泣いている子どもたちの涙か。
山田氏は、後にとある講演の中で、この時の雨の中の体験をさらに敷衍している。「運動会の雨は不都合なことだが、素晴らしい思い出になった。マイナスの要素を私たちは嫌って生きてきた、マイナスのカードを抜き、プラスのカードばかり集めてきたが、幸福感があったともいえない。人間が浅い知恵でプラスだと思うものと幸福とはちょっと違うのではないか。老いはマイナスと言われているが、案外そうではないかもしれない。人間のプラスを集める能力を過信するよりは、無力を知ることが逆にポジティブになる一つの視点ではないかと思う」。
「人間のプラスを集める能力を過信するよりは、無力を知ることが逆にポジティブになる一つの視点ではないか」、自分の無力を知ることで、どこに希望があり、救いがあるのかが見えて来る。「金銀は私たちにはない、私たちにあるものを」、主イエスはそれをわたしたちに教え、そのように生き、十字架への道を歩み、十字架で息絶えられ、そしてよみがえられた。今や、その方が、見えない聖霊の働き手として、共におられるのである。私たちは、自分の無力さに注がれる、主イエスの憐れみ、愛を支えとし、力とするのである。「大胆に」、これほど大胆な生き方もないだろう。