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祈祷会・聖書の学び ヨハネによる福音書11章38~44節

今年も梅雨入りが発表された。「梅雨(つゆ)」の語源のひとつに、「ついゆ」、つまり「ついえる」という言葉が基になっているという説がある。じめじめして、かびが生え、食べ物などがだめになり損なわれる、という意味から派生したのだという。だから「梅雨...
2025説教集ー田中牧師

「キリストに希望を置いて」エフェソの信徒への手紙1章3~14節

今年も季節は入梅となり、雨降りの天気が続いている。じめじめした季節で人はとかくうっとうしく感じるが、このじとじと雨の中を紫陽花は鮮やかさを増し、その枝にはカタツムリが元気に角を挙げて喜んでいる。心の中まで黴臭くならないよう、用心したい。さて...
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祈祷会。聖書の学び ルカによる福音書3章15~22節

泳げない人のことを俗に「カナズチ」と呼ぶ向きがある。木の取っ手が付いていても「金槌」のように水に入れれば沈んでしまうからだという、古い時代の喩えである。人は誕生する前の胎児の時には、羊水に浸かって過ごしていた訳だから、泳げないはずはない、と...
2025説教集ー田中牧師

ペンテコステ礼拝「神の偉大な業を」使徒言行録2章1~11節

本日は、「ペンテコステ・聖霊降臨日」と、「花の日・子どもの日」が合わさった祝祭日の礼拝を行なう「聖霊、花、子ども」、これら3つの「三題噺」を試みる訳であるが、上手く行ったらお慰みである。まど・みちお氏の作品に「はながさいた」という詩がある。...
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祈祷会・聖書の学び ヨハネによる福音書9章24~41節

皆さんはゴーヤー(にがうり)がお好みだろうか。沖縄の新聞コラムにこうあった「見てくれや食味で散々な評価の野菜と言えば、ゴーヤーもその一つに挙げられよう。『ぶつぶつの表皮は見るからに不気味』『あの苦さが嫌い』。過去の本紙をめくっても、そんな『...
2025説教集ー田中牧師

「心の目を開いて」ルカによる福音書24章44~51節

あるお母さんから相談の投書があったという。「中学3年の長男には反抗期がありません。学校から帰るとその日の出来事を自分から話し、休日に家族で映画を見たりゲームセンターで遊んだりすることもあります。仲よくできてうれしいのですが、『反抗期がないと...
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祈祷会・聖書の学び ヨハネによる福音書8章21~30節

国際的に見て、日本は孤立する人の比率が高い国である、という。2005年のOECD(経済協力開発機構)調査によれば、この国は、「友人・同僚・その他の人」等、家族以外の人たちとの交流が、「まったくない」あるいは「ほとんどない」と回答した人の割合...
2025説教集ー田中牧師

「隠れたことを」マタイによる福音書6章1~15節

「この世界は誰が造っているの?」、ひとりの子どもが問いかける、それにとっさに答えられないでどぎまぎしているお父さん、それにかぶさるキャッチ・コピー「世界は誰かの仕事でできている。」こういう文章を読んだ。「『世界は誰かの仕事でできている。』コ...
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祈祷会・聖書の学び ヨハネによる福音書6章60~71節

こういう文章を目にした。「激しい内戦によって打ち立てられた独裁体制が1975年まで、36年もの長い間続き、国民は日夜、恐怖とともに日々を過ごしたという。フランコ政権下のスペインの状況である。そんな中で敢然と筋を通した芸術家がいた。世界的チェ...
2025説教集ー田中牧師

「わたしは道、真理、命」ヨハネによる福音書14章1~14節

色々に命名するものである。最近、「オイコス」という名前の食品(ヨーグルト)が売られている。なぜそう名付けたのか不思議に思っていたが、そのメーカーがこう説明している。曰く「オイコスは、ギリシャ語で『家』を意味することから各家庭・個人に末永く身...