説教『人間をとる漁師』(ルカ 5:1~11)

2014年8月17日                      主日礼拝・説教(担当:飯田瑞穂牧師)要約
説教『人間をとる漁師』(ルカ 5:1~11)

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◎ペテロは根っからの漁師でした。その日、魚がとれずに落胆していた朝方、黙々と網を洗っていたのです。漁師にとって魚の取れ高が問題であり、群衆に煩わされるのは迷惑でした。イエス様は、ペテロに沖に漕ぎ出して漁をするように命じます。すると、夥しい魚がかかり、漁師の直感で、自然の秩序を支配する神の領域に触れたことを、ペテロは瞬時に悟り叫びます。「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深いものなのです」。明らかに、今日の記事は、シモン・ペテロがイエスさまから召命をうけた場面です。
◎ 私についてはどうだろう、と振り返る時、昔、私が北海道の興部で出会ったひとりのアイヌの漁師を思い出します。親しい仲間うちでは、彼のことを船長と呼んでいました。船長は、オホーツク海で、夜中に小舟を出して漁にでます。2月になるとシベリアのアムール川でできる流氷は、北風に吹かれオホーツク海沿岸にたどり着きます。氷の固まりは莫大なプランクトンを運び、ホタテやカニ、サケなどを育てるのです。漁師達は、自然の法則に従い、冬の間、心と身体を休ませます。その間、生き物は人間に邪魔されずにゆっくりと育つ事ができるのです。昔、オホーツクの海はニシンの宝庫でした。ところが、近年、ニシンはめっきり少なくなり、身体の大きさも小ぶりになってしまった、と船長は首をかしげます。大手の底引き漁船が、魚が卵を産むところの海草や藻や、稚魚まですくいあげ、海を砂漠化しているからです。船長は、山の森が削られて行く様を海の中に見ていました。ニシンは子孫を残す為に早く成魚になって卵を産まなくてはならなったのだ、と船長は仲間達に教えてくれました。
◎ ある日、船長は、私たち家族を、一本の柱が立つオホーツクの浜に連れて行きました。そこは、船長の先祖の墓でした。明治政府が北海道を開拓する以前は、北の大地はアイヌの新天地で、特別に誰の土地というわけでもなく、アイヌは自然の恵みを今必要な分だけもらい、あとから来る者の為に残してきたのです。今、北海道にはアイヌの血筋は多くいません。松前藩が侵略するとアイヌは僻地へ追いやられ、サケをとる権利も文化も言葉も奪われ死んでいったからです。船長と行った、あの一本の柱の上にも、あの後、町は何事もなかったように流氷の観光施設を建ててしまいました。「誰がいいといったの? 海や山に聞いたの?」という船長の問いかけに、私は〈海の生き物が死んで行くこと〉と、〈アイヌの命が消えていったこと〉は、船長にとって同じことなのだ、とハタと気がつきました。
◎ 私達キリスト者は、世界や社会を考える時、「神の正義と平和」を基準にしてきました。しかし、軍事力や経済力によって自然破壊が進む中、1990年代にはいると、キリスト者は、神が創られた全ての命、自然界に対して反省を迫られたのです。1986年、チェルノブイリ原子力発電所の事故が起きてしまってから正義、平和に加え、「被造物の保全」は、キリスト者の緊急の課題になりました。私自身についていえば、「正義 平和 被造物の保全」を自分のテーマとして、アイヌの精神を主の招きの中に生かしていきたいと願うのです。
◎ さて、イエスに招かれたペテロは、いつの間にか出世の夢を描き、少しずつズレて行きました。ですから、イエスさまがこの世の力を行使することなく捕らえられる段になると、ペテロは逃げてしまいます。イエス様の死後、ペテロは挫折の末、自分を責め、やはり海に戻っていました。ところが、イエスの招きは、再びペテロにやってくるのです。あの時と同じ、不漁に終わった朝でした。復活のイエスが命じると、魚があまり多くて網を引き上げることが出来なかったと聖書は物語っています。岸で待つイエスさまは、誰よりも、パンのために苦労している人間の弱さを嘗め尽くし、徒労に終わって網を洗うペテロの疲れを知っておられたのです。
◎ パンのみに生きる時、ペテロはイエスを捨てました。この世の権力と経済の誘惑は、漁師の精神を奪っていくのです。オホーツクの貧しい漁師、農民、牧師の上にも、また私達にも、パンのための誘惑が常にあります。しかし、逆説的ですが、私達が、忠実に神の言葉に生きようとするときから、日毎のパンの重要性が増し、生活の葛藤を通して、はじめて聖書から御言葉の文字が浮き上がって見えはじめるのです。
主イエスは「ヨハネの子、シモン、わたしを愛しているか。」と問います。この世の威圧的な力でなく、剣を収め、愛し労する力を示してくださった、主の招きは、挫折しないのです。一つのパンを、一つの恵みを分かち合い、神に従え。悩め。そして、もう悩むな。「人間をとる漁師にしよう。」と主は、再び招いておられます。