「福音の希望から」 コロサイの信徒への手紙1章21~29節

敬老の日に寄せての、こういう文章を読んだ「♪季節の花がこれほど美しいことに/歳を取るまで少しも気づかなかった/美しく老いてゆくことがどれ程に/難しいかということさえ気づかなかった…。さだまさしさんの『人生の贈り物』は、年齢を重ねるごとに胸に迫る一曲である」(9月1日付「有明抄」)。この歌は、2003年の平和コンサート『夏・長崎から2003』のステージにおいて、韓国のフォークシンガーである楊姫銀(ヤン・ヒウン)氏との共演によって発表されたが、この原詩は、ヤンが韓国語で書き、それをさだ氏が日本語に訳出したという。原詩では「私の花が散ってしまう、そんな歳になって/やっと本当の花が私の心に咲いた」と綴られている。

文章の続き、「かつて『敬老の日』だった9月15日はいま『老人の日』。高齢者を取り巻く課題に目を向けるのが目的らしい。長寿が『めでたい』より『当たり前』の時代となり、老いゆくことのむずかしさに思いを寄せる日でもあるだろう」。「老いゆくことのむずかしさ」とは何か。人間、生物的には齢を重ねれば「老人」となるのだが、「むずかさしさ」とは、それを素直に、まっすぐ、ありのまま受け止め、受け入れることの困難さを言っているのであろう。さだ氏の歌詞では、「少しも気づかなかった」と詠われるのである。何を気づけなかったのかと言えば、私たちの周りに咲く、あたりまえのような花、その美しさ、なのである。私たちには、決定的に欠けてしまっている、自分を満たせていない部分がある。その「欠け」をようやく今、気づき始めた、おぼろげに、と詠われる。皆さん方はどうか。

さて今日の聖書個所は、コロサイの信徒への手紙1章である。この書物も新約の中では比較的後になって、紀元一世紀末か二世紀初頭に記されたようだ。パウロの名が記されているが、最初の教会が誕生してから、ある程度の時が経過した時代の雰囲気が伝わって来る。一言で言えば、「初心忘るべからず」のような発言である。23節に「ただ、揺るぐことなく信仰に踏みとどまり、あなたがたが聞いた福音の希望から離れてはなりません」との勧めの言葉がある。この言葉こそ、コロサイの手紙が、ずっとパウロよりも後の時代に書かれたひとつのエビデンスだと言っても良いだろう。

「揺るぐな、踏みとどまれ、離れるな」は、皆さんはどうか。一心不乱にわき目もふらず、決して足を滑らさず(油断して迂闊な振る舞いをせず)、またわが道を踏み外さず、というまっすぐな生き方を、いつもされているだろうか。しかしそういう人は、(もしいるとしたらだが)恐らく教会には来ないのではないか。但しこれは初心者に教え諭す言葉ではない。世阿弥の「初心忘るべからず」は、初心者にではなく、芸のベテランに対して語られた言葉だという。「ぶれる、ずるずると横滑りする、道を外れる」、車を運転していて、今どきの車は人間のこのような特性を理解していて、車の走行がそのような状態になると、警告を発し、さらに力づくで修正してくれるまでになった。ところがそのような運転逸脱の事態は、まず初心者では起こらない、却ってある程度運転になれている人の特性であろう。「油断」というものは、しばしば怠惰や不注意や自己への過信を生むのである。但し問題は、どうしたら私たちは信仰にぶれないで、希望を持ち続けることができるのか、ということである。放って置けば、人間は必ずぶれるし、残念ながら希望は風船のように、しぼんで行くのである。

24節の文言は、過去、以前から多く議論されて来たみ言葉が記されている「今やわたしは、あなたがたのために苦しむことを喜びとし、キリストの体である教会のために、キリストの苦しみの欠けたところを身をもって満たしています」。「キリストの苦しみの欠けた所」という文言は、ひじょうに危うい考え方を生み出す恐れがある。キリストが十字架に釘付けにされ、血を流し苦しまれることによってもたらされた、罪人への救いのみわざは、「不十分だった」と受け止められる可能性が生じる。主イエスはあなたのために死の苦しみを味わわれた。そのみ苦しみをただ「ありがたやありがたや」と口で感謝するばかりで、あなた自身が何も苦しまなくて良いのか。それでは余りに自分勝手だろう。これは正論かもしれない。口先だけというのは、所詮他人事、見苦しくあさましく図々しいものだろう、しかしどうか、人間、苦しまずに生きられるという人はおよそいないだろうが、主イエスのみ苦しみと並ぶように苦しみ、そのみ苦しみに少しでも力を貸し、支えるなんてことはできるのか。主イエスの最も近くにいた最初の弟子たちも、皆、主イエスの十字架を前に逃げ出してしまったではないか。

それでも「主イエスの苦しみの欠けた所」という言葉は、今の時代に照らしても、理解することができるのではないか。即ち、コロサイ書が記されたのは、主イエスが十字架で死なれてから7~80年程経ってからの時代である。私たちの国も、敗戦後80年余りの時を経た。そしてその年月は、戦争体験の伝承、あるいは反戦意識の希薄化を生んでしまっている。ほとんどの国民が、戦争を現実に経験したことのない世代である。それを直にその身をもって味わった人は、どれ程それが悲惨なものか、みじめなものか、狂気であるか、地獄であるかを知って、そのありのままを語ったのである。そして何があっても、戦争を繰り返してはならない、と後の世代に告げたのである。苦しみの中、語りべが立てられ、平和への道は、そこから開かれても来たのである。

初代教会も同様であった。1世紀になろうとする時の経過によって、主イエスの十字架を直接目撃した人は、皆この世を去ってしまい、残された者たちにとっては、十字架の苦しみは、はるか遠くのおぼろな記憶となり、消えて行ってしまったのである。そして礼拝で十字架の出来事すらも語られず、ましてや、主イエスが十字架に付けられて血を流して亡くなられたのは、人間の目にはそう見えただけだ、神の子には、苦しみなどあるはずない、そして神を信じる者にも、この世の苦しみなど、無縁だとうそぶく「仮現説」までが、口にされるようになったのである。十字架の記憶がうすぼんやりして、まったく消えゆく恐れすらあるコロサイの手紙の時代には、「主イエスの苦しみの欠けた所」即ち、十字架のみ苦しみが忘却される時代に、信仰者が置かれているのである。

最初に紹介した文章のさらに続き、「近年、老化を遅らせ健康でいられる時間を延ばそうとする研究が脚光を浴びている。米国ではAI長者が出資してビジネス化をめざすコンテストまで開催中。いつの世も『不老不死』は有力者の究極の夢である。『天寿を全うする』の『天寿』とは128歳のこととか。もし高血圧や糖尿病と同じく老いを管理できたら、天寿も現実になる。先端医療に手が届かない庶民でも、適度な食事と運動、質の高い睡眠を心がければ老化は防げるそうである。さださんの歌はこう続く。♪もしももう一度だけ若さをくれると言われても/おそらく私はそっと断るだろう/若き日のときめきや迷いをもう一度/繰り返すなんてそれはもう望むものではない…。もう十分、いまが満足、そんな生き方ができれば、老いにあらがう必要はないのかもしれない」。

こういう時代に、何を求めればいいのか。25節にこうある「神は御言葉をあなたがたに余すところなく伝えるという務めをわたしにお与えになり、この務めのために、わたしは教会に仕える者となりました。「務め」と訳されている言葉は、あまり適切な訳ではない。「摂理、計画」と訳す方がより適切である。主イエスの生涯がおぼろげとなり、そのみ苦しみが消えそうになる時代、その時代にも、神は計画、ただしそれは秘密の計画、ミステリを立てられており、それを私たちの見えない所で実行なさるというのである。

『人生の贈り物』の原詩は、もう少し詳しく詠われる。「本当に知らなかった/私の人生の花が咲いて、散ったその後に、何も言わず、うなずいて、私の心を知ってくれる友人がひとりいるなら/わたしが破れた夕暮れ時に並んで座り/何も言わずに共に見つめてくれる友がいるなら、もう他には望むことがない、それが人生の秘密(ミステリ)」。

「福音というミステリ」を神は用いると言われる。「その計画とは、あなたがたの内におられるキリスト、栄光の希望です」。「あなたの内にあるキリスト」、わたしが苦労して、努力して、遠いはるかな道を歩いて、主イエスの下に到達したのではない。主イエスの方が、私のところにお出でくださって、私と共に生き、歩んでくださっている。それはあの十字架を担って転びながら悲しみの道を歩まれ、十字架に釘付けにされて、苦しまれ、血を流し、私のために祈られた、その歩みによって、私の所に来られたのである。20節「その十字架の血によって平和を打ち立て、地にあるものであれ、天にあるものであれ、万物をただ御子によって、御自分と和解させられました」と語られる。

今、現代世界を席巻する「力への信仰」は、「希望」を奪う。小さな種が芽を出し、やがて成長し、花を結ぶところに、欠乏の中でも花が咲くところに、「希望」の根はある。世界にそして、この国にまことの希望が失われているとしたら、それは「福音」を失っているということである。誰も「喜び」が無くては、魂が満たされることはないだろう。