新年礼拝「主の天使が夢で」マタイによる福音書2章13~23節

昨夜、皆さん方はどんな夢を見たろうか。人間は眠っている間には、必ず夢を見ているそうだ。目が覚めた時に忘れてしまうことが多い、とも言われる。俗に「一富士、二鷹、三茄子」、新年の初夢で、見るとめでたい、と言われるものである。この3つで終わるものではなく、「四扇、五煙草、六地頭」と続く。なぜこれらが「縁起が良い」のか、恐らく「物は付け」の喩えで、「末広がり」とか「運気上昇」とか、「家内安全」のまじないが元になっているのだろう。

「縁起をかつぐ」という訳でもないだろうが、現代のイスラエルでも、新年の食事は、いつものようではなく、この国のおせち料理のような曰く因縁の品々を取りそろえるようである。「尻尾ではなく、頭になれるようにと、魚の頭や羊の脳味噌を。神が敵を散らされるようにと、ビーツ(=セレクは散らすと言う言葉に音が似ている)や、ほうれん草(=テレッドは降ろす)、ネギ(=クラシャは倒すのカレットと語呂合わせ)、ナツメヤシ(=タマルは敵を滅ぼすタムとかけ言葉)を。権利、子孫、財産を殖やすという意味では、ザクロ、魚、豆、かぼちゃ、丸く切った人参などが使われる。日本は農耕民族だったので、たたきゴボウや豆などで、我慢強さやまめさを強調するが、常に闘いの中で生き残ってきたユダヤ民族のお節料理には、敵を倒し、守られるようにとの願いが強く反映されているのが印象的だ」(辻田 真理子「ユダヤ新年を体験」『月刊イスラエル』2000年8月号)

さて、降誕時の聖家族を描いた絵画には、赤ちゃんの主イエス、母マリア、父ヨセフらが登場するが、その中で、ヨセフひとりが暗く、物憂い表情をしている構図のものが多い。自分だけあらぬ方向を向いて、ぼうっとした有様である。これはどういう訳かと言えば、ヨセフが眠っている状態を表していると考えられている。身重の妻が産気づいたために、宿探しに汲々とし、長旅の疲れもあって、ついつい居眠りをしている、ということではない。マタイ福音書によれば、ヨセフは度々、重大な局面で夢を見、その夢の中で、神のお告げを聴くのである。

今日の聖書個所は、降誕後の東方の博士たちの来訪に続く場面だが、幼児に大きな危機が迫る直前に、夢での天使のお告げが語られ、エジプト逃亡によって、辛くも家族は命拾いし、さらに重大な危機が去った後に、イスラエルへ帰還するのにも、聖家族は、ここでも夢で天使のお告げを聴くのである。なぜヨセフは、何度も繰り返し夢を見るのか。それはこの「ヨセフ」という名前自体に、その理由があるからなのである。

旧約に、このヨセフの名のもとになった人物、元祖ヨセフがいる。ヤコブの12人の息子の中のひとりで、実に彼は「夢見る人」であったのだ。彼は自分のみた夢、他人の見た夢を解き明かして、神のお告げを聴き取ることが出来る能力を持っていた。そのために兄たちから妬まれ、エジプトに奴隷として売られてしまう。しかし彼がエジプトに売られたおかげで、イスラエルのよんどころない苦境、飢饉による苦難を、夢のお告げによって救う、という働きを為しえたのである。まさに「人生はあざなえる縄の如し」である。

時代は遥かに下り、同じ名を持つマリアの夫ヨセフもまた、夢見る人として描かれ、その夢のお告げによって、真のイスラエルたる「聖家族」の危急存亡の時を救うことになった。旧約と新約の密な繋がりを、殊の外、重要視するマタイは、ヨセフをイスラエルと教会をつなぐ蝶番の如きキイパーソンとして描くのである。

東方の博士たちが自分の国へと帰った直後、ヨセフは夢でヘロデの残虐な企てを示される。それでからくも危機を逃れた聖家族は、エジプトへと逃避することとなる。「ヘロデによる幼児虐殺」というショッキングな出来事も、聖書学では、そもそもの伝承が出エジプトの故事に倣って記されていると分析する。この事件の歴史的信ぴょう性はともかくとして、ヘロデ大王の政策は、とにかく少しでも権力への危険要因があれば、ことごとく芽の内に摘み取る、という老獪なものであったから、あながち見当違いという訳ではないだろう。但し、大王の不安は、生まれたばかりの赤ん坊から来ているのである。小さな赤ん坊の誕生に、ヘロデは恐れおののいている。そして人間は恐れを解消するために、幼い子どもの生命までをも犠牲にする。

戦争や紛争等で、無辜の多くの生命が奪われる時に、その責任から最も遠いところに立っているのは、幼い子ども達である。そして、一たび国に紛争が起これば、真っ先に犠牲になるのは、これまた幼い子ども達である。古代から現代にいたるまで、この悲しむべき事実は連綿として変わりなく続いている。その根底にあるものは、ヘロデ王の不安であり、エルサレムに住む人々の不安、即ち、人間の漠然とした「不安」が、幼くか弱い者を犠牲にする。ここに人間の罪の、もっとも醜い面が現れている。だからそこはかとない「不安」に、どう立ち向かうかが、人間の最も大きな課題であるとも言えよう。

ここで古のイスラエルの危機を救ったものが、「夢」であり、幼い主イエス・キリストの生命の危機を救ったものも、同じように「夢」であった、というマタイの主張は、奥深い思考であるだろう。「夢」とははかないものである。目覚めれば現実の前に、はかなく消え去り忘れさられるものでる。しかも夢は、その内容が奇妙奇天烈なものが多い。そうした現実には何の力もないように見える「夢」を用いて、神は救いを告げ、み言葉を語り、その道を備えられる、というのである。

更に夢とは、夜、眠りの中で、自分をまったく手放した中で生じる出来事である。自分の努力も、その手の業も、計画も、離れたところでもたらされる幻のようなものである。眠りという我を失ったところで、神は働かれ、私の力が問題とされないところで、神が大胆に語られる、というのは、正に、神の救いの現実を、物語るものである。「不安」もある意味では「我を失う状態」である。その「我を失う」中で、もたらされるのが、「夢」であると聖書は語る。

「友よ、今日私は皆さんに言いたい。我々は今日も明日も困難に直面しているが、それでも私には夢がある。それは、アメリカンドリームに深く根ざした夢である。私には夢がある。いつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の子孫たちとかつての奴隷所有者の子孫たちが、兄弟の間柄として同じテーブルにつくという夢が。私には夢がある。いつの日か、不公平と抑圧という灼熱の炎にさらされているミシシッピ州でさえ、自由と正義のオアシスへと生まれ変わるという夢が。私には夢がある。いつの日か、私の4人の幼い子どもたちが、肌の色ではなく、人格の中身によって評価される国で暮らすという夢が。今日、私には夢がある!」。これは1963年8月28日ワシントンD.C.にあるリンカーン記念館の階段上で、群衆に対して行われた、マルティン・ルーサー・キング牧師の演説「I Have a Dream」の中の一節である。

「夢で、神がみ言葉を語る」、とはどういうことかが、具体的に知らされるメッセージでもある。そしてこれは、ただ一人の夢ではない。すべての人の、救いのための夢である。「ひとりで見る夢は、単なる夢だ。皆が同じ夢を見るなら、その夢は現実となる」(オノ・ヨーコ)。この新しい年に、そのような夢を見たいと願う。