こういう新聞記事を目にした。「どんなに待っても、そこにバスが止まることはない。認知症の人のためにつくられた『バスの来ないバス停』だからだ。全国の介護施設などで設置が広まる。発祥はドイツだという。施設に入居する認知症の高齢者は、不安などから自宅に帰りたがる。バスに乗って帰ろうと、停留所を探して行方不明になることもある。そうした事案を防ぐために生み出された。入居者が『家に帰りたい』と言い出したら、職員はバスの来ないバス停へと誘う。ベンチに座りながらおしゃべりして、来るはずもないバスを待つ。そうこうするうちに入居者の気持ちは落ち着く。認知症の人の自尊心を傷つけない『優しいうそ』だ」(11月4日付「日報抄」)。ドイツ発祥の「バスの来ないバス停」は、通称“Notlüge(ノートルーゲ)”と呼ばれ、それは「罪のないうそ」「やさしいうそ」という意味なのだが、お年寄りの気持ちを和らげる効果がある、あるいは期待を裏切るので逆効果だ、様々な評価もなされているようだ。
「帰巣本能」と言われるように、動物、とりわけ犬、猫は自分の居場所に戻ってくる習性があり、それは鳥類において秀でた能力とされている。人間はそれを「伝書バト」として用いてきた歴史がある。紀元前のギリシアで、ポリス間の戦争の勝敗をいち早く住民に伝達するため、それが用いられていたという記録がある。実にハトは1000㎞もの距離を飛んで戻って来る。旧約のノアの物語の終わりに、ノアが烏と鳩を箱舟から放すという記述があるが、これはそうした鳥類の帰巣本能を前提にしている語りである。古代人は鳥の際立った能力を既に熟知しているということだ。もっとも毎年の渡り鳥の習性を見るなら、当然とも言えるだろうが。
今日の聖書個所の最後の部分、11節「主に贖われた人々は帰って来て/喜びの歌をうたいながらシオンに入る。頭にとこしえの喜びをいただき/喜びと楽しみを得/嘆きと悲しみは消え去る」。懐かしい故郷、シオン・エルサレムへの帰還を展望する、実に高らかで喜ばしい賛歌で閉じられている。但し、この章句を目にする者は、この「喜びの歌」がどうしてここで歌われるのかを深く問う必要があるだろう。この国において、年末恒例の楽曲といえば、ベートーヴェン作曲、交響曲9番『合唱』であるが、どうしてそれが奏でられるのか、それは世界が「喜びに満ちている」からでは決してない。却って暗さを思うからこそ、その中で詠われるのである。
この聖日から、今年の「アドヴェント(待降節)」が始まった。この期間は、主イエスのご降誕を待ち望む時であるが、長く救い主を待望した旧約の人々の心に思いを馳せ、さらにキリストの到来に至るまでの、神の救いのプロセスを想起する意味合いがある。この期間、いろいろな旧約のテキストが取り上げられるが、やはり未来と希望のみ言葉を告げた第二イザヤ、捕囚期の無名の預言者、の語った神の言葉が、その主眼となるであろう。
今日の聖書個所に目を向けると、第一印象として、聞く人を元気づけようとする言葉、勇気を奮い起こそうとする言葉が連ねられていることに気づく。4節「わたしは瞬く間に
わたしの裁きをすべての人の光として輝かす」、7節「人に嘲られることを恐れるな。ののしられてもおののくな」、9節「奮い立て、奮い立て/力をまとえ、主の御腕よ。奮い立て、代々とこしえに/遠い昔の日々のように。ラハブを切り裂き、竜を貫いたのは/あなたではなかったか」。この力ある言葉が投げかけられている理由は、11節から読み取れるだろう、「主に贖われた人々は帰って来て/喜びの歌をうたいながらシオンに入る。頭にとこしえの喜びをいただき/喜びと楽しみを得/嘆きと悲しみは消え去る」。
捕囚を経験し、半世紀もの長い間、異国の町バビロンに暮らすユダヤの民が、故郷の町シオン(エルサレム)に帰って行く、というヴィジョンである。それも「喜びと楽しみ」を頭に冠のように戴きながら、凱旋将軍のように故郷に帰還する、「志を果たして、いつの日に帰らん」という懐かしい歌の如くである。ところが、どうして殊更にこの預言者は、民の心をこれほど鼓舞する言葉を語らねばならないのだろうか。彼が語ったは捕囚された人々、そしてその子孫たちである。彼らはかつて祖国を滅ぼされ、無理やり故郷から引きはがされて、異国のバビロンに連れて来られたのである。既に大きな喜びを心に持つ人に、さらに励ましの言葉を語るのは、当を得ていない。つまり、これほど強い言葉で励まさねばならないのは、人々の心が消沈し、大きな不安と怖れの只中にあるからなのである。
ペルシア王キュロスは、ユダの人々を捕囚にしたバビロニア帝国を滅ぼし、紀元前538年、あるいは翌年に「キュロスの勅令」を発し、バビロン捕囚にあったユダヤ人をはじめ、バビロニアにより強制移住させられた諸民族を解放した。ペルシアは、被征服諸民族に対して寛大な統治を行ったのである。解放令によって、半世紀もの間、異国に暮らした人々が、今こそ自由を得、懐かしい故郷に帰れる、というのである。しかし、ユダヤの人々はどうも喜んでいない。どうしてなのか。
ひとつは、かの故郷は、もはや「山はあおき故郷、水は清き故郷」ではない。50年前、聖書の町々、特にエルサレムは徹底的に破壊され、焼き尽くされて、その後、廃墟のままうち捨てて置かれ、放られているのである。麗しかった都が、今では「野獣と地を這うものとか徘徊する場所」となっている、それをバビロンの人々は耳にしているのである。もうひとつは、半世紀もの間、異郷のバビロンで兎にも角にも、生計を営んで来たのである。バビロン人から「よそ者」「占領民」として屈辱を受けることも、度々あったが、それでも今まで何とか生き抜いてきたのである。決して楽とは言えないが、現在のバビロンの生活をまったく捨てて、「野獣と野の獣とか徘徊する荒れ野」のような場所に戻り、また一から生活を始めるのか。
6節「天に向かって目を上げ/下に広がる地を見渡せ。天が煙のように消え、地が衣のように朽ち/地に住む者もまた、ぶよのように死に果て」、この有様は、まるでエルサレムの惨状ではないか。今の故郷の偽らざる姿ではないか。「それでもそんなところに戻れ」と神は言われるのか。そのように嘆く人々に、預言者は語る、6節「わたしの救いはとこしえに続き/わたしの恵みの業が絶えることはない。わたしの恵みの業はとこしえに続き/わたしの救いは代々に永らえる」。
ここで預言者は、イスラエルへの古の神の救いのみわざを思い起こすようにと、かつての出来事、それはイスラエルの原点とも言える神の出来事を告げる。10節「海を、大いなる淵の水を、干上がらせ/深い海の底に道を開いて/贖われた人々を通らせたのは/あなたではなかったか」。これはあの出エジプトのクライマックスの出来事である。意気揚々と奴隷の地、苦しみの地、エジプトを後にし、やれ嬉しや、と喜んでいるイスラエルの人々の後ろから、エジプトの軍勢が攻め寄せて来る。前には紅海が拡がり、後ろには剣である。どっちに行こうにも行き詰まりである。今の時代、もっとも私たちの心を縛り付け、重苦しくしているのが、この「行き詰まり感」、「閉塞感」であろう。どっちに行こうにも、まるで光が見えてこない。踏み出したらどうなるか分からない、それなら今のままでいる方がましか、となる。そう言う私たちに、神はみ言葉を告げるのである。「わたしは瞬く間に/わたしの裁きをすべての人の光として輝かす」。その光とは何か、「深い海の底に道を開いて」と言われる。神の開かれる道がある。それは「深い海の底に開かれる道」だという。人間が思ってもみない、想像すらできない、気が付かない所に、とんでもないという方法で、神は開かれるというのである。神の独り子、主イエスが、ナザレの大工の息子として、母マリアより生まれ、人々の間に生き、最後には十字架に付けられて、無残にも亡くなられた。しかしそこから神は、実に私たちの救いの道を、開かれるのである。
小説家の津村記久子氏がこう記している「家にいても『うちに帰りたい』と思う不可解な心境に心当たりはおありだろうか。わたしはよくある。外でそう思うことには妥当性がある。外出の仕事で疲れて、帰りに電車に乗っている時などはうちに帰りたくて仕方がない。でも家で家に帰りたいと思うことはへんだ。家は比較的好きなはずなのに。自宅で(にいて)帰宅したくなる時は、横になって携帯をダラダラ眺めている時などだ。あとは、仮眠しなければいけない時刻なのに眠れないとか、明け方にこれから仕事をしなければならない、といった状況で思う。いや君うちにいるじゃないか。プレッシャーを感じている時、不本意なことをやっている時に、『うちに帰りたい』という願望が頭を過(よ)ぎるのだろうと思う。帰ることそのものに価値があって、固有の場所ではなく、とにかく帰りたい。それで帰った瞬間がいちばん幸せだ」。
「プレッシャーを感じている時、不本意なことをやっている時に、『うちに帰りたい』という願望が頭を過(よ)ぎる」。人間は、何となく帰る場所を求めている。やはり神に造られた被造物のひとりとして、漠然と「帰りたい」そういう呻きが、魂に刻まれているのであろう。しかし「どこに帰ればいいのか。分からぬままに家を出て、帰る場所など、とおに忘れた」(『笑ったり、転んだり』)私たちである。しかし神は、向こうから私たちの所に、私たちの足下にお出でくださるのである。たとえ「バスの来ないバス停」で待っていたとしても、そこにバスは来なくても、主イエスは幼子として来られるのである。その幼児は、ベツレヘムの片隅の家畜小屋に、それも飼い葉桶に寝かされている。このみ子のもとに、私たちは今年もまた帰るのである。