1月10日は「塩の日」記念日とされている。戦国時代、塩の不足に苦しんだ甲斐国の武田信玄に、宿敵である越後国の上杉謙信が塩を送った日に由来するとか。いわゆる「敵に塩を送る」だ。「塩」についての興味深い洞察として、須賀敦子氏の「塩1トンの読書」という書物の中に次のような文章が記されている。
「『ひとりの人を理解するまでには、すくなくも、一トンの塩をいっしょに舐めなければだめなのよ』。ミラノで結婚してまもないころ、これといった深い考えもなく夫と知人のうわさをしていた私にむかって、姑がいきなりこんなことをいった。とっさに喩えの意味がわからなくてきょとんとした私に、姑は、自分も若いころ姑から聞いたのだといって、こう説明してくれた」。
もちろんこれは、ものの喩えである。望ましい一日の塩分摂取量(10g)からすると、1トンを半分に分けてざっと計算しても136年を越える。「『一トンの塩をいっしょに舐めるっていうのはね、うれしいことや、かなしいことを、いろいろといっしょに経験するという意味なのよ。塩なんてたくさん使うものではないから、一トンというのは大変な量でしょう。それを舐めつくすには、長い長い時間がかかる。まあいってみれば、気が遠くなるほど長いことつきあっても、人間はなかなか理解しつくせないものだって、そんなことをいうのではないかしら』」。
今日は「主の洗礼の祝日」である。クリスマスから2週間たち、この日でクリスマスの最後の祝日を迎える。イエスの洗礼の出来事は、イエスが神の子として自らを現される、という降誕節のテーマの一つの頂点であり、主イエスが神の子としての活動を始める出発点でもある。だから新しい年の初めに際して、その働きの出発点である主イエスの洗礼の記事を読むことは、真にふさわしいことであろう。私たちもまた、信仰者としての出発点、洗礼の時のことを思い起こして、一年を始めるのである。
だから今日の礼拝では、福音書の「主の洗礼」のテキストが読まれることになる。今年はマルコ福音書の主の洗礼の記事からお話をする。この福音書で主イエスが登場する場面の最初、つまり本論の初めである。当時(古代)の伝記というものは、通常、赤ん坊や子ども時代のことは記さないもので、それは未成熟、無価値と考えるからである。マルコはそういう当時の流儀に沿っている。だからマタイやルカのクリスマスの物語は、随分、古代としては風変わりの記述なのである。
「福音書文学」なるものは、マルコに始まるとされる。それまでこういうタイプの文学は世に存在しなかったというのである。どこいら辺が新しいのか、今日の個所はそれをも如実に示しているのである。この著者マルコは、イエスの公生涯をこう語り、自らの福音書を綴り始める。9節「そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、」。原文をそのまま訳すとこうなる、「それは起こった。それらの日々の中で、イエスはガリラヤのナザレからやって来たのだ」。随分と気合を入れて書いていることが分かる。「大事件が起こった。私たちの日々の生活の中に、日常の中に、イエスが歩んでこられたのだ」と言うのである。それに続けて、こう記される。「イエスはガリラヤのナザレから来て」、この情報を聞いた者は、あっけに取られたであろう。「救い主、キリストが来られた(「キリスト」とは通常、ローマ皇帝への賛辞である)、大事件だ、私たちの生きる所、日々の生活の場、私たちの日常へと、(ローマではなく)ガリラヤのナザレから」。「ナザレから」、現代の聖書考古学でも、ナザレあたりの発掘研究はしきりになされているが、はっきりと特定できないほどのごく小さな村、集落が、主イエスの故郷ナザレなのである。その人口数、二百から八百程度、その当時でも人々(エルサレムを中心とする)の反応は「ナザレ?、それどこにあるの?」という反応だったろう。だから最初のキリスト者たちは、外部の人々から「ナザレの(輩)」と呼ばれたが、それはかなり侮蔑的な呼称、レッテルであったろう。
福音書には主イエスと律法学者の対話、どちらかと言えば「議論」が伝えられているが、その時代に、なぜこんなにも律法学者が多数登場するのかと言えば、彼らは地方の町村を巡回して活動していたからなのである。そして、田舎の無知蒙昧な民を教導するためと称してやって来る律法学者たちは、皆エルサレムから来たのである。彼らはエルサレムでの学歴を誇り、学閥を誇り、上から目線でしたり顔で語るのが常であった。下々の民が律法をきちんとしっかりと守って、身を慎んでいなければ、神罰が降る、地獄行きになることを慮って、多くの学者たちはそれこそ善意の塊で、エルサレムからやって来たであろう。
しかし、真の救い主はどうであったか、キリストは、あのヘロデ大王が大改築を施した壮麗なエルサレム神殿から来るのではない。ローマにおもねって、ユダヤの権力をほしいままにしているあの贅沢なヘロデの宮殿から来るのでもない、ユダヤから蔑まれた、辺境の地ガリラヤから、その中でも小さなナザレから来られた。確かにマルコ福音書にいわゆる「クリスマスの物語」、主イエスの幼い日のことを綴ったファンタジーはないかもしれない。しかしこの9節こそ、マルコの語るクリスマス物語と言えるのである。主は、日常の主として、私たちの日々の暮らしの只中にこそ、歩んで来られるのである、と。
救い主イエスがやってこられた目的は何か。それはヨルダン川でバプテスマのヨハネから洗礼を受けるためであった、という。主イエスがヨハネから洗礼を受けたことは、歴史的に間違いはないだろうと諸所の歴史学者は語る。これを否定する人はまずいない。しかしこの主の洗礼ほど学者たちの議論を呼んだ記事もなかった。ヨハネのバプテスマは、「罪の赦しの悔い改めの洗礼」と呼ばれている。罪なき神の子が、どうして洗礼を受ける必要があったのか。神の子にも罪はあるのか。
本当はこんなことはどうでもいい類のことであろう。皆さん方はどうか、洗礼を受けた日のことを。もう天国に居られるこの教会の信仰の先輩は、「冬のクリスマスに、多摩川の水にどぷんと浸かって」(帝釈天で産湯を使い、のような言い回しである)と述懐しておられたが、洗礼を受けるために、多少なりともまじめに考えたろう。が、そんなに深刻に、真剣に思い悩んで、であるか。苦しみ呻いて洗礼を受けた方はもちろんおられるだろう。しかし大半は、牧師に、あるいは教会の先輩に、友人に「受けたらどうか」と勧められたから、よく分からないが「はい」と答えたのではないか。それで良いのである。洗礼を受ける根拠は、実は人間の側にはない。ただただ、主イエス自らが進んで洗礼を受けられた、そこにすべての根本があるのである。主イエスがなされて、私達もそれに倣ってできることだからである。私たちは人々の罪のために、十字架に付くことはできないであろう。誰かのために自分の命を投げ出して、とりなすこともできないだろう。しかし主イエスに倣って、洗礼を受けることはできる。そしてそこで主イエスの生涯とつながることができるのである。
主イエスが洗礼を受けられた時、「天が裂けて、聖霊が鳩のように降って来るのをご覧になった」と語られる。勿論「天が裂ける」とは比喩的な表現である。「裂ける」とは、隔てていたもの、壁や障害物が破られる、道が通じるという意味である。つまり神への道、天国への通路、神の国への通り道が開かれる、というのである。主イエスにつながるというのは、洗礼によって「天が裂ける」経験を、この生身の私が味わうことなのである。そのために主イエスは、「ガリラヤのナザレから来て」、今もなお、私達の日々の生活の場所に、日常においでくださるのである。世の律法学者たちは、神の国に入るには、思い軛を負って、己の身を鞭打つような真剣さによって悔い改めの実を結ばねばならないと主張した。
しかし主イエスは、私たちの生きる現実に歩まれて、罪の悔い改めのバブテスマを受けることで、私たちの日常に、「天が裂ける」日々を開いてくださったのである。
私が受洗してから、今年で50年目を迎えた。うかうかとして毎日を過ごしている内にである。「牧師」と言えども教会を離れることができる。それでも離れずに歩んでこれまで来れたことは、実に不思議なことだ。最初紹介した「塩」の話を想い起す。「一トンの塩をいっしょに舐めるっていうのはね、うれしいことや、かなしいことを、いろいろといっしょに経験するという意味なのよ。塩なんてたくさん使うものではないから、一トンというのは大変な量でしょう。それを舐めつくすには、長い長い時間がかかる」。一トンの塩をいっしょに舐めるというのは、うれしいことや、かなしいことを、いっしょに経験するという意味だという。気が遠くなるほど長いことつきあっても、人はなかなか理解しつくせないもの。一生の事業とも言える営みである。
だが、根気よく長いことつきあっているうちに、何かの拍子に、見えない「襞」を開いてくれる。文学、特に古典には、そういう襞が無数に隠されていて、読み返すたびに、それまで見えなかった襞がふいに見えてくるという。しかも、一トンの塩とおなじで、その襞は、相手を理解したいと思いつづける人間にだけ、ほんの少しずつ、開かれるというのだ。聖書を読むこと、さらに主イエスを知ることの意味合いを感じる。
その長い長い時間を、主イエスは共に塩を舐めるように、私たちの生活の中で、ともに歩んでくださるのである。主イエスは「あなたがたは地の塩」と言われた。その意味が膨らみを持って、新しく迫って来るように思う。「一トンの塩をいっしょに舐めるっていうのはね、うれしいことや、かなしいことを、いろいろといっしょに経験するという意味なのよ」、教会にいると言うことは、自ずとそういう人生経験の積み重ねであろうし、そして何より、主イエスが私たちの人生と共にあって、歩んでくださると言うことの、比喩であろう。またこの一年も主イエスとの歩みを、味わいつつ歩みたいと願う。