祈祷会・聖書の学び イザヤ書49章1~10節

私が学校に勤務していた頃、中学高等学校ではキャンプ(野外宿泊学習)が半ば必修のように実施されていた。自然の環境の中、集団で寝泊まりし、炊事をし、同じ釜の飯を食べることで協調性や助け合いの精神を養おう、仲間意識を育もうという意図からであった。

私が教育実習した中学校では、毎年、夏休みになると、学院の所有する無人島にテントを設営しキャンプを行うのが恒例行事であった。水は島内に掘られた井戸で賄う。お米は持参するが、その他の副菜は持たせず、ひとり一人に釣り竿を与えて、これで魚を釣っておかずにしなさいという塩梅である。かなりサバイバル的色彩の強いキャンプである。もう40年以上前のことであるが、今もそのキャンプは続いているらしい。

協調性とか仲間意識の涵養という目的で宿泊学習を行うという趣旨はもっともなことなのだが、他方いつも仲間内だけで「群れる」ことが問題となって、どう「独立心を養うか」が課題となって、今度は生徒をひとりずつのテントに泊まらせ、ソロキャンプを体験させよう、というような逆の工夫も見られた。最近は野生動物の脅威が伝えられているため、野外活動も安心して実施できない時代となっているのは皮肉である。本来自然に親しむという体験は、かなり過酷な要素が含まれることになるが、安全とどう整合性をつけるか、教育は一筋縄ではいかない、というところか。

今回の聖書個所も、第二イザヤの預言の一節であり、故郷エルサレムに帰還を促す励ましの言葉が続けられている。2節「主は言われる。あなたの天幕に場所を広く取り/あなたの住まいの幕を広げ/惜しまず綱を伸ばし、杭を堅く打て。あなたは右に左に増え広がり/あなたの子孫は諸国の民の土地を継ぎ/荒れ果てた町々には再び人が住む」。捕囚民の子孫たちにとって、故郷は「荒れ果てた町々」なのである。そこに戻っても、快適な住む家が用意されている訳ではなく、田畑が整っている訳ではない。雨露凌ぐところすらなく、生活のたつきをまったく欠いているのである。故郷で「天幕(テント)住まい」をしてキャンプ生活をするのか、と彼らは感じていたに違いない。そうした心情を抱いている人々に、どのような展望を与えられるのかが、この無名の預言者の目前の課題なのである。

そういう中にあって、預言者は「天幕」について語るのであるが、これはどういうことか。私たちにとって「テント生活」とはせいぜいキャンプでの体験か、あるいは避難生活のことくらいしか頭に浮かんでこない。「テント」とは非日常、非常時、あるはやむを得ない中での生活体験であり、決して身近で親しいものではない。ところが聖書の人々にとって、「天幕」とは「惨めで、貧しく、乏しい」というイメージでは決してないのである。

「仮庵の祭り」は、過越祭(ペサハ)と七週の祭り(シャブオット)とともにユダヤ教三大祭の一つであり、一般には太陽暦10月頃に行われる。「仮庵祭」は「スコット(Sukkot)」と呼ばれ、ヘブライ語で「仮庵」の意味である。秋の行われることから元々、収穫祭がその起源にはあるだろう。ぶどうや秋の果物類、オリーブやナツメヤシの果実を収穫する際には、熟した果実を頃合いを見計らって一斉に収穫する必要がある。自宅から果樹園に通っていては作業がはかどらないということで、収穫作業の際に一週間位泊まり込みで、野外でテント生活をする必要があったのだろう。子ども達は遠足気分で楽しかったろうし、大人になってからのいい思い出にもなったろう。

但しユダヤ人は、この「仮庵の祭り」を単に収穫感謝に結びつけることをしなかったのである。彼らは祖先が出エジプトの後、40年の間、荒野で天幕に住んだことを記念し、この時代の生活を想起し記憶するために、木の枝で仮設の家(仮庵)を建てて、しばしの間過ごしたのである。レビ記23章には次のように規定されている「七日間、仮小屋で過ごさなければならない。イスラエルで生まれた者はすべて、仮小屋で過ごしなさい。それは、私がイスラエルの人々をエジプトの地から導き出したとき、仮小屋に住まわせたことを、あなたがたの子孫が知るためである」。

イスラエルの信仰の原点は、「出エジプト」にこそあった。エジプトで奴隷であった自分たちの先祖の苦しみを、神は深く顧み、強い御手をもってそこから導き出し解放された。しかしその後、約束の地カナンに至るまで、40年もの間、彼らは天幕で主と共に過ごしたのである。それは荒れ野での生活であり、乏しく何もないような無一文無一物のような歩みであったが、天からパンが降り、岩から水がほとばしるように、主によってすべての必要が満たされるという至福の歩みであった。「主と共に過ごした」、その出来事を忘れないように、「仮庵の祭り」は制定されたと律法は語る。

「あなたの天幕に場所を広く取り/あなたの住まいの幕を広げ/惜しまず綱を伸ばし、杭を堅く打て。あなたは右に左に増え広がり/あなたの子孫は諸国の民の土地を継ぎ/荒れ果てた町々には再び人が住む」。この力強い呼びかけには、皆でテントを設営する時に、声を掛け合い、息をそろえて天幕を張って行くような情景、共に労する喜びや楽しさが歌われている。半世紀前に、私たちは祖国を失い、国土は荒れ果て、自分たちは異郷へ捕囚となった。それは、神から縁を切られ、見捨てられ、多くの人々の中で恥とされる出来事であった。しかし今、神は言われる、6節「捨てられて、苦悩する妻を呼ぶように/主はあなたを呼ばれる。若いときの妻を見放せようかと/あなたの神は言われる。わずかの間、わたしはあなたを捨てたが/深い憐れみをもってわたしはあなたを引き寄せる。ひととき、激しく怒って顔をあなたから隠したが/とこしえの慈しみをもってあなたを憐れむと」。

「仮庵の祭り」は、イスラエル人が出エジプト後、40年間荒野でテント暮らしをしていたことを記念する祭りであるが、「天幕生活」、それはすべての人、ひとり一人の人生にあらわされる生きようでもある。即ち、人は肉体という仮の住まい、「仮庵」に70~90年の間住むだけの存在であり、その期間を過ぎれば、またまだ見ぬ地に出発しなければならない宿命のもとに歩んでいる。その仮住まいの間にも、私たちは主の生命の恵みなしには、ひと時も生きていくことはできないのである。人生とは仮住まいということを覚える一週間として祝うのである。捕囚民たちは荒れ野の中にある故郷を思い、大きな恐れを抱いたが、かつてエジプトを後にした時にも、先祖たちは荒れ野での生活を過ごしたのである。しかしそれは見捨てられた生活ではなく、神がすぐ側に居られ、必要を満たされる歩みであった。それを想い起すように、預言者は繰り返し語るのである。