西口智子

2025説教集ー田中牧師

「憐みの器として」ローマの信徒への手紙9章19~28節

今年も8月に入り、盛夏、炎暑の日々が続いている。夏はこの国にとって先の戦争の想い出に連なり、惨禍に深く思いをはせる時でもある。とりわけ敗戦後80年を迎え、巷間では様々な論評が口されているが、やはり「戦争の記憶の風化」が叫ばれ、かつての時代へ...
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祈祷会・聖書の学び マタイによる福音書3章1~17節

「我以外皆我師」という言葉がある。自分以外の人、物、出来事すべてが自分の師、つまり自分を成長させてくれる教師となり得る、と意味である。「反面教師」という言葉もあるから、人生にそういう面は確かにあるだろうが、「尊敬できる人などいない」と高飛車...
2025説教集ー田中牧師

「主イエスの名を唱えて」使徒言行録19章13~20節

つい最近、こんな文章を読んだ。「作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんが初めてインドを旅したときのこと。仏教の聖地で、土産品を売る少年がいた。小学3年生ぐらいだろうか。片言の日本語で『買え、買え』と数珠などを見せてくる。けなげに思えて1個買い求めた。十...
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祈祷会・聖書の学び ヨハネによる福音書20章24~31節

関東地方も梅雨明けとなり、本格的な盛夏が訪れた、と言いたいところだが、今年も梅雨明け前から真夏日、猛暑日、酷暑日が続いている。こうまで暑いとついつい冷たい飲み物に手が伸びる。ある新聞のコラムにこうあった。「『ビールを飲めば誰だって眠くなる。...
2025説教集ー田中牧師

「落ち着いた生活」テモテへの手紙一2章1~8節

かつて牧会研修で、こういう話を聞いた。牧師は訪問するいろいろな方の、さまざまな話を伺う。面談に来られたある人が「会社が倒産して、自分は何もかも失ってしまった」と悲痛な顔で訴えたという。その方の余りの落胆をみた牧師は、一枚の紙と鉛筆を渡して、...
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祈祷会・聖書の学び ヨハネによる福音書19章16~26節

詩人の石垣りん氏の作品に「表札」と題された詩がある。「自分の住むところには/自分で表札を出すにかぎる。自分の寝泊まりする場所に/他人がかけてくれる表札は/いつもろくなことはない。病院へ入院したら/病室の名札には石垣りん様と/様が付いた。旅館...
2025説教集ー田中牧師

「必要に応じて」使徒言行録4章32~37節

夏の強い陽射しが降り注ぐ季節、パラソル(日傘)を差して歩いている人が多い。最近は「男もすなる日傘」ということで、「日傘男子」なる言葉も生まれているらしいが、屋外の暑さ対策だから、誰が差しても快適なら、余計なお世話である。随分昔のこと、「もし...
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祈祷会・聖書の学び ヨハネによる福音書17章19~26節

鶴川北教会は「日本基督教団」に連なる教会の群れの一教会である。「日本基督教団」の英語名は“The United Church of Christ in Japan(UCCJ)”であるが、”United”とは、「合わせられた、ひとつにされた」...
2025説教集ー田中牧師

「あなたがたの益になる」コリントの信徒への手紙二8章1~15節

しばらく梅雨空だったと思えば、再び灼熱の陽気が続いている。雨降らなければ降らないで、干ばつの心配、降れば降ったで、洪水の心配、さらに南の地方では強い地震も続いている。心配は尽きない。気象や自然の変動の極端さは、私たちの不安を否が応でも高める...
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祈祷会・聖書の学び ヨハネによる福音書15章1~10節

皆さんのお宅で、ぶどうを栽培されている方はあるだろうか。小さい頃、私の実家の軒下にぶどう棚が設えられていた。夏になると小さな実が付き始める。秋になると色づき実るのだが、口に入れるととても酸っぱい葡萄であった。おそらく食べるためではなく、緑の...