「水の中を通って」ペテロの手紙一 3章13~22節

盛夏の時期である。昨今の非常な暑さを表す言葉、皆さんはどのくらい思い浮かぶだろうか。「猛暑」、気温35度以上に時の「気象用語」でもある、「酷暑」、「激暑」「劇暑」「炎暑」、考えただけで熱中症になりそうである。

来年、夏開催の東京オリンピックの話題が、徐々に人々関心を集めている。盛夏の時期に重なる。近頃の酷暑、猛暑、激暑の中での開催となる、競技する選手はもとより、観客の健康までが大いに気遣われる。地球温暖化というかつてにない新しい問い、を投げかける時となるのだろうか。

国家的な大規模の催し事には必ず、後世への記録映像が作られる。ナチスドイツのヒトラーは、1936年8月開催のベルリン・オリンピックの記録映画を、ナチスの宣伝材料に最大限に用いたことで知られている。1964年開催の第一回東京オリンピックでは、市川崑監督のメガホンで、記録映画が作られた。小学校時代の映画鑑賞会で生徒全員が見た覚えがある。毀誉褒貶、いろいろな評価が下された。この映画では、勝敗よりも選手の表情や心情を描写するシーンが多かったこともその一因である。市川氏は「単なる記録映画にしたくなかった」と述懐している。

この映画の冒頭シーンを覚えている方はいるだろうか。「聖火リレー」のシーンから始まる。この聖火リレーも、実はかのベルリン・オリンピック盛り上げ趣向の一環として、ヒトラーが発明したものと伝えられる。東京オリンピック映画では、アジア初の五輪に先立ち、聖火がアテネから中東、インド、東南アジアを経て沖縄へ。映画ではその行程が描かれた後、広島の原爆ドームが登場。大勢の市民が聖火ランナーを迎える姿が映し出され、そこから聖火が全国を巡るという構成になっている。

「どうしても原爆ドームからスタートさせたかった」。監督を務めた故市川崑さんは生前、こう語っている。印象的な場面である。原爆の災禍は、戦後日本の平和の原点。市川氏の家族は広島で被爆し、自身も当時の惨状を目の当たりにした経験を持つ。だからこその演出だった。まだ現実の体験、経験に裏打ちされた証の確かさがある、他方それが消えてなくなりつつある虚ろさがある、戦後74年目の私たちの歩みである。

「水の中を通って」、先週、子どもの教会でキャンプに行ったが、川遊びをする、川で泳ぐという体験を、本当に久方ぶりに味わった。小さい時に友達と家族と川遊びをした。群馬県には海がない。夏に川で遊ぶのが、小さい頃の生活の出発点だった。まだこんなにきれいな川が流れている場所が、都心から程近くの場所にあるとは、うれしい驚きである。今日の聖書個所では、この「水の中を通って」が、全ての原点、出発点であることを物語るのである。2章の冒頭には「生まれたばかりの乳飲み子のように」という言葉が見られるが、それも「水の中を通って」はじまる出来事であるというのである。

ここで「水」とは洗礼、バプテスマの水に比定され、さらにノアの箱舟の話と結びつけられている。聖書ばかりでなく、世界の至る所に、「洪水の物語」が伝承されている。しかもその伝承は「文明」と密接にかかわるものと意識されている。確かに文明の発祥には、水が深くかかわっている。水はそこに住む人々の生命を養い、左右する第一の要素であった。世界最古の文明であるメソポタミア文明は、ティグリス・ユーフラテスの2つの大河によって育まれ、その文明の拠点都市であるバビロンは、都の縦横を幾筋もの運河が張り巡らされているという景観を形作っていた。

大河の水は、一年中常にとうとうと流れているわけではない。源流の遥かな山々の雪解けと共に水かさを増し、毎年、夏には氾濫し、平地の一面は、全て水で覆いつくされる。その時には、人間の営みがすべて水に没し、容赦なく根こそぎにされる。しかし水が引いた後には、洪水のもたらす恵み、山からのミネラル、養分によって豊かな土壌が残されるのである。水のもたらす災厄と恵みによって、相反するものによって文明が築かれ維持される。この逆説的な人間の経験が「洪水物語」として語り伝えられることとなった。

但し、聖書の人々の「水の記憶」は、メソポタミアの大洪水に端を発するものではない。確かにメソポタミアの神話を題材にしてはいるが、自然を神として、自然の持つ偉大な力への呪術を目的として、物語を編んだのではない。聖書の人々は、「自然」にではなく「歴史」の中に、「水の中を通って」という出来事を見出し、この歴史を繰り返し繰り返し想起し、心に刻んだのである。その出来事とは、実に「出エジプト」に他ならなかった。

「出エジプト」、自分たちの祖先が、かつてエジプトで奴隷として苦しみ、その厳しい労働のゆえに呻き叫んだという。その叫びを聞かれた神は、イスラエルの民を奴隷の地エジプトから導き出された。その解放のみわざの頂点は、「水の中を通って」という出来事にこそあった。神に導かれた民が、紅海のほとりでひと時の休息を得ているときに、背後からエジプトの大軍隊が襲い掛かるのである。武器を持たず、戦いの術も知らぬ一介の奴隷であった人々である。前には紅海、後ろには軍隊、絶体絶命の窮地である。ここで神は紅海の水を切り開き、海の真ん中、水の中に道を通された。イスラエルの民は、その水の中の道を通って救いに入れられた。

そして「洗礼」こそ、かつての出エジプトの「水の中の道」が再現された出来事であったのだと語る。実に主イエス自らが、ヨハネからバプテスマを受け、水の中のその道を通って私たちの下にやって来られた、というのである。そして「水の中の道」とは、「肉の汚れを取り除くことではなく、神に正しい良心を願い求めること」だという。後半は難解である。直訳すれば「神に対してよい意識で答えること」、である。

バプテスマの時には、司式者が志願者に問いかける。その問いに「よい意識」で答えること。つまり「よい意識」とは、「正解」や「正答」といった「間違いのない、誰もが納得をする、誤りのない正論」といった「正しい」ニュアンスではない。ある学者は債務者が債権者に、返済について問われて、それに答える場面に近いと説明する。非常に砕いて訳すなら、「今の自分の精いっぱい」の答え、とでも訳そうか。間違っているかもしれない、自信なく口ごもるかもしれない、泣き落としか、恐れおののきながらであるかもしれない。しかしそれが精いっぱい。そういう答えをしたことがあるか。それで借金取りが「ハイそうですか」と引き下がってくれるだろうか、信用してくれるだろうか、私たちは心配し、不安になる。だからこう文章は続くのである。「キリストは、天に上って神の右におられます。天使、また権威や権力(勢力)は、キリストの支配に服しているのです」、自分の精いっぱいに、キリストが共におられる。何と心強いことではないか。

9日の山陽新聞にこう記されていた。原爆のきのこ雲をロゴマークにする高校が米国のリッチランドにある。福岡県の高校3年古賀野々華さんは、同校に留学中の5月、校内向けの動画で、生徒らが愛着を持つロゴに異を唱えた。かつて長崎原爆の原料プルトニウムが生産されたリッチランドでは核産業が発展を支え、きのこ雲は町のシンボルでもある。動画では「雲の下にいたのは兵士ではなく市民でした。罪のない人たちを殺すことに誇りを持ってもいいのですか」と問い掛けた。この動画はインターネットで世界に広がり、賛同しロゴを批判する人や、反対に原爆を肯定する意見もあった。同級生からは「これがなければ、日本側の意見を知る機会は一生なかった」と好意的に受け入れられた。当初、古賀さんには原爆を誇りとする町で批判的な考えを言うことに不安もあった。だが「私にとって、きのこ雲は犠牲になった人と今の平和を心に刻むもの」と訴えた。勇気を振り絞り、自分の意見を伝えた。

ひとりの小さな人の、大きな「精いっぱい」がここにある。神は、人の小さな精いっぱいを、み言葉のために用いられる。茫漠たる大海を前に、人間は落胆し失望するが、その海の中に「道」を創られるのが、神のみわざである。その水の中の道を歩む「精いっぱい」を祈り求めたい。何よりも平和のために