「秘められた真理」テモテへの手紙一3章14~16節

こんな話を耳にした。「国連が加盟国の国民にアンケートをした。『他の国の人々が食糧不足に苦しんでいる状況について、あなたのご意見をお聞かせください』。単純な質問なのに、回答できない国が続出した。アフリカの国ぐにでは『食糧』の意味がわからず、西欧諸国では若者が『不足』の意味を理解できなかった。社会主義国では『意見』の意味がわからず、米国では『他の国の人々』の意味が理解できなかった。米原万里さんの『必笑小(こ)咄(ばなし)のテクニック』に出てくるジョークである。20年も前に書かれた本だというのに、悲しいかな、からかわれた国情にさほど大きな変化は見られない。いや、今なら日本を加えるべきか。」(7月5日付有明抄)

このジョークも、世界の多様性を物語る逸話の一つか。あるいは多様性に目を閉じて、独善に開き直る、昨今の国際情勢への揶揄なのか。この国ならば、何が分からないだろうか。例えば文中に「聞く」という言葉が出て来る、私たちは隣人の言うことを、虚心坦懐に聞くことのできる耳を持っているのか、グローバル化の波、インバウンドの波の中で「隣人とは誰のことですか」という問いも聞こえて来そうだ。主イエスはその問いに、「あなたが隣人になりなさい」と言われたのであるが。

今日は私たちの教会は、アジア・アフリカ礼拝を守る。今回はここに集う一人ひとりがが、アジアやアフリカや、さらに世界に散らされている教会、そしてそこに集う人々に、遥か思いを拡げて、祈りを共にする時を持ちたい。この地域の教会の群れ、町田、八王子地区では、毎年、婦人会主催で、3月に「世界祈祷日」の礼拝を共に守っている。毎年、世界のさまざまな地域の教会に連なる女性たちが紡いだ祈りの言葉を式文にして、私たちもその言葉を読むことで、世界のさまざまな国の人々と、特にひじょうな困難や苦難に直面している方々と、思いと心を通わせる貴重な時を与えられている。とりわけ、式文の中には、貴重なことに、数人の女性達の肉声が証しとして語られる。それらの多くは嘆きと呻きをもって綴られる「涙の言葉」である。不条理な運命、差別や抑圧に打ちひしがれる生活の中で、懸命に今を生き、家族を支え、子どもを育てている女性たちである。しかしそれらの人々は決して絶望をしてはいない。過酷な人生の中に、その中に飛び込んでくるように語られる、神からの言葉を聞こうとし、主イエスの方に歩み出して、共に生きようとする人々がそこにいる、私たちは一人ではないと知らされる。

今年もこの3月に鶴川北教会を会場に「世界祈祷日」の礼拝を共にした。アフリカ、ナイジェリアの女性たちの作成した式文により礼拝を守り、祈りの言葉を私たちも口に出して祈った。距離としてはこの国から遥か遠い、中央アフリカの国ナイジェリアである。私たちがその国について何を知っているのか、何も知らない、何も分からないように見える。ところが、神の招きは不思議である、その礼拝に、当のナイジェリアからこの国に来ているひとりの方があって、共に礼拝を守ることが出来たのである。後日、集っている教会からお便りをいただいた。「わたしの国のことを覚えて、祈ってくださり喜びである。祖国の情勢によって、わたしは故郷に帰ることができない、でも共なる祈りに、大きく力づけられる」。何も知らなくても分からなくても、隣人はそばにいて、共に座っているのである。それが現代、グローバル化の時代の象徴的風景であるが、ここにも神は私たちに手を伸ばされていることが分かる。実に不思議(ミステリ)なことだ。

「ミステリ」という言葉は、聖書にも多く使われている用語である。今日の聖書個所、にもこの用語が用いられている。どこに「ミステリ」があるか。16節「信心の秘められた真理は確かに偉大です」。余り翻訳がよくない。「信心」と訳してしまっては、身も蓋もない。字義的には「敬虔」と訳せる言葉なのだが、元々「礼拝」から派生した用語で、礼拝している時の心の状態、を表す。だから通常は「敬虔」と訳す。ただ、この語は誤解を受けやすい。「敬虔な信仰」というと何を思い描くか。酒を飲まない、タバコを吸わない。ギャンブルをしない。決して怒らず、いつも冷静な態度を保ち、いつも静かにワラッテイル。生身の人間にはおよそ無理である。人間の心情や態度、姿勢を表すように受け取られている「敬虔」は、本来は、「教会生活」全般をあらわす概念なのである。

教会では、礼拝を行う。しかしそれ以外の事柄、食べたり飲んだり、掃除したり、いろいろな人とおしゃべりしたり、笑ったり、泣いたり、バザーをしたり、そういう教会でのもろもろの営みを、一世紀の教会は、「敬虔」という言葉で呼んだのである。そして今日の個所では、「教会生活こそ、最も深いミステリだ」と語るのである。私達は毎週教会に来るのは、ミステリ、神の不思議を味わうためである、と言うのである。

テモテへの手紙は「牧会書簡」の一つである。牧師の仕事を、羊を養う羊飼いに喩えて、「牧会」と呼ぶ。本書では、テモテという、おそらくまだ若い牧師に宛てて、パウロが働きのための励ましと助言を行う、という形式で記されている手紙である。若い牧師が教会に遣わされる。地方の教会だと中々相談相手がいない。時折、教会で厄介な問題も起こる。経験が浅いため、どうして良いか分からず立ち往生する。今も教会の現場でしばしば生じている問題である。手紙の受け取り手、テモテも、ひとり立ち往生している。信仰の先輩、師でもあるパウロは、近くに居らず相談することができない。そこでパウロは、彼に個人的に手紙を送り、何とか励まし力づけようとした、という体裁で記されている。

だからパウロは言う、15節「行くのが遅れる場合、神の家でどのように生活すべきかを知ってもらいたいのです」、少し意訳しよう、「そちらに行くのが遅れるかも知れないが、神の家に生じて来る厄介な問題に、(あなた自身で)どのように対処するか、を深く知って欲しい、知る機会として欲しい」。つまり、とにかく自分でぶち当たってみろ、そしてともかくそれを味わえというのである。いささか乱暴な言葉である。しかしここで敢えて「神の家」という表現を用いていることが、ポイントである。教会を敢えて神の家と呼ぶ、その意図は何か。

教会には確かにいろいろな問題が起こるだろう。時に人間と人間が衝突する、地域との軋轢が生じる、そこに集う人が、病になりあるいは旅立ち別れていく。そして何より運営の資金の問題等、様々な事柄に悩むのである。しかし、教会は、本来、人間が切り盛りし、やりくりし、何とかするのを超えて、神が確かにおられ、神がそのみ業をなさる神の家だということを、忘れてはならない、というのである。まず神が働かれる場所、つまり「神のミステリ」が起こる場所、が教会なのである。

では「神のミステリ」とは何か、今日の個所では、1世紀の教会で歌われていた讃美歌が引用され、それが詠われている。16節「キリストは肉において現れ“霊”において義とされ、天使たちに見られ、異邦人の間で宣べ伝えられ、世界中で信じられ、栄光のうちに上げられた。」。私訳「キリストは人となり語られたが、聖霊によって神の言葉となった。天使たちが見守る中、全ての人々にみ言葉は伝えられ、見えないけれど、世界にあまねく信じられるようになった」。初代教会が生まれて70年ほど経ち、ギリシャ・ローマ世界に教会が広がり、み言葉が伝えられていった。その教会の宣教の歩みを、この讃美歌は、短いが端的に語っている。神の言葉は、人間の小さな働きによって伝えられるが、聖霊の助けによって、広く、あまねく、人々の間に広がって行く。人のつたない業も、天使のみ守りの中に置かれ、目には見えないが、その真は世界に広がる」。教会において、今もこれは変わりないミステリである。

卒業後の最初の任地は、本州の西端、下関であった。戦前にはこの地は大陸への窓口であり、ここから船に乗って、海外に旅をするのが常道であった。海外に出てゆくのも、帰るのも、必ずこの地を踏むこととなるので、人的交流の拠点ともなっていた町である。ここから大陸に渡るのに、海を越えた上陸地点は韓国の釜山である。距離にして200㎞、隣県の広島まで220㎞であるから、そこよりも近い。今も下関と釜山を結ぶフェリー船が、毎日運航されている。夕方に下関から乗船すると、翌朝には韓国に着いている、とは言え、午前2時には向こうの港に到着して、税関が開くまで港湾外にエンジンを止め停泊している。だから朝までゆっくりと眠れて有難いし、一万円弱の安価な費用で往復することできるので、行き来しやすいと言えるが、歴史、政治的な経緯から、「近くて遠い国」とも呼ばれることがある、

市内の教会は、この半世紀以上に渡って、在日大韓基督教会と交流を続けており、年に一度は相互の教会を会場に、ひとつところに集まり、共に主日礼拝を守っている。韓国語と日本語、バイリンガルで礼拝が行われるが、讃美歌はそれぞれの言葉で一緒に歌う、歌とはいいものだ、曲が同じなら、異なる言葉でもよく調和して素晴らしい響きとなる。合同礼拝以外の時にも、しばしば牧師同士の講壇交換も行われていたので、私も大韓教会の礼拝に招かれ、説教したことがある。その礼拝後に、役員(長老)が昼食に誘ってくれた。教会の近くの焼き肉店にぞろぞろ連れ立って歩いて行ったら、店主が私の顔を見るなり、「こちら日本の方ですね」と言われて面食らった、顔にそう書かれている訳ではないのに、驚かされたが、地域共同体が生きているということなのだろう、私が「よそ者」であることが、すぐにばれる。

食事をしながら(ピビンバプをかき混ぜながら)ぽつりと一番年長の役員が語る。「終戦の時には、もう二度と日本語は口にすまいと思いました。しかし、だんだんとそんな頑なな心もほぐされました」。しかしもう一人の高齢の役員は「いや、私は忘れることはできない」と強い口調で言われた。役員諸氏たちから見れば、私は彼らの孫くらいの年齢だったから、責めるつもりで言われたのではないことは分かったが、中々返す言葉が見つからない、心の正直な思いを知ってほしかったということだろう。しかし、どちらも「キリスト者」という関わりの中での、まことの言葉の投げかけがそこにあった。

こういう出会い、言葉のキャッチ・ボールが成り立つのも、神のミステリの中にあるのだろう。「間に愛だ」、というように、主イエスが人と人との間にあって、絆となり、無杉となってくださる。こうした中で、人と人との出会いが展開されて行くのである。

主イエスがひとりの一人の人間となって、私たちの世界の只中にお生まれになって、まことのみ言葉を告げられた。そして今も見えない聖霊として、み言葉を運んでくだり、出来事を起こされる、この神のミステリの中に、私たちの信じて生きる生活が置かれているのである。