「言い尽くせない贈り物」コリントの信徒への手紙二9章6~15節

9月半ばを迎えた。最近の温暖化気候で、まだ「秋」という印象は薄いが、季節を演出する様々な催しも、繰り広げられている。「芸術の秋」、ということで、美術館では特別展、企画展が開催されている。こんな話題を耳にした。「印象派絵画の扉を開いたクロード・モネは、ことし没後100年を迎えた。その作品鑑賞を巡る逸話が興味深い。代表作の『睡蓮(すいれん)』を美術館で見た保育園児が『あっ、カエルがいる』と目を輝かせたという」。

画家のモネが描いた「睡蓮」の絵(本物)は、この国でも「国立西洋美術館」はじめ、いくつかの国内の美術館に収蔵されている。やはり印象派推しの多い国、そして「睡蓮」という この国のなじみ深い画題は、彼自身、フランスの自宅ジヴェルニーの庭に水を引き、睡蓮の池(水の庭)を作り、その池には日本の浮世絵(歌川広重など)に描かれた構図を参考に、日本風の太鼓橋を設えた。橋の周りには藤棚や竹藪を植え、日本の美的感覚(ジャポニスム)を自身の庭で再現したという。彼の絵がこの国の人々に好まれる理由のひとつだろう。果たしてモネは睡蓮の池に、蛙を登場させているのだろうか。

「絵にカエルの姿はない。どこにいるのか尋ねる学芸員に園児は答えた。『今、水にもぐっている』。自分なりの見方で名作と向き合った園児に学芸員は驚き、美術館はこのエピソードを教育普及の原点として捉えるようになった」(上野行一「私の中の自由な美術」)。モネの絵を見て、「蛙がいる、今、水にもぐっている」と幼稚園の子どもが反応した、というのだが、「自分なりの見方」というばかりでなく、広々とした想像力の拡がり、一枚の「絵」の中に、自分自身も身を置いて、池に入り込んで一体化しているのだろう。フランスの蛙には想像も及ばないが、確かにモネの描く「睡蓮池」には、いかにも蛙が住んでいそうな雰囲気である。

私たちは、子どもたちに「信じる心」を伝えたいと願う。詐欺や物騒な事件を多く耳する昨今だが、「人間は信用できない、まず疑ってかかれ、信じてはだめだ」、と頭ごなしに子どもに教えるだろうか。「信じるな」が現実的であるからといって、それがそのまま人間の幸せや幸いにつなっているのか、という問い、何ものも信じないで生きたら、よく生きられるのか、を投げかけられるだろう。「信じること」、「信仰の目」のことを使徒パウロは何と呼ぶか、「わたしたちは見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ」と彼は語った。「見えないもの」とは、神や永遠、聖霊という事柄、あるいは思想や観念と呼ばれるもの、または愛や信頼、友情という人と人とを結びつける絆や媒介、間を取り持つ紐帯は概して「目に見えない」ものである。しかし同時に、見えないが「大切な、なくてならない」ものだろう。しかし「睡蓮」の絵を見たこの子どものように、「カエルがいる」「水にもぐっている」という見方もまた「見えないものを見ようとする目」ではないか。表面的に、今、目にしている風景、現実それだけで、すべて自分は見ている、知っている、分かっていると言えるのか。

コリントへの手紙二は、元々3つくらいの手紙が、ひとつに合わせられて現在の形になった、と考えられている。今日の個所、8章から9章にかけては、その中の一つの手紙の部分で、極めて具体的な話題が議論されている。「自発的な施し」と題されているが、パウロはこの手紙を記した時、募金活動を展開していたようである。最初マケドニアで、エルサレム教会への貧しい人々に送る募金を呼びかけた。そしてその呼びかけが功を奏し、非常に良い成果を収めたらしい。この出来事はパウロを非常に喜ばせ、励まし、慰めたようである。それでさらにコリントの教会の人々にも、エルサレム教会を支える募金活動に加わってくれるように頼んだようだ。どうして募金が必要になったのか。

現在、世界でいろいろに気候の変動が伝えられ、異常な暑熱や洪水が伝えられている。高山の氷河が溶けて崩れ、土石流となって麓の町や村を襲うという惨事が生じている。さらに水溜めでもある高山に雪が降らないから、川の水量は乏しく干ばつも生じる。すると当然、作物が実らず飢饉を呼び起こす。地球の気候が暖かくなったり冷たくなったりする、これは昔も今も変わらない自然のメカニズムであるが、現代はそれが余りにも極端になっているところに、大きな問題がある。パウロがコリントに書簡を送った時代、パレスチナは非常な飢饉に直面していたようだ。古代都市の中に位置するエルサレム教会の苦境も、推して知るべしである。パウロはやはり他人事では済まされなかったのだろう。エルサレムに留学経験を持ち、さらにキリスト者となってから、バルナバの骨折りで、ペトロやヤコブという主だった人たちと直に接し、使徒として認知されたことで、その苦境を放ってはおけなかったのも頷ける。

ところが、前章の10節に「昨年から云々」とある通り、大分前からその活動は続いていたようであるが、「今、それをやり遂げなさい」と使徒が改めて勧奨しているように、当の募金活動がどうも停滞、中断という状況にあったようだ。その理由は、ひとつにはパウロに対する不信である。「やつは顔を見れば募金、募金とお金の話ばかりする」という具合である。さらに「(お金のことで)他の人々には楽をさせて、自分たちだけ苦労をかける」という批判・非難も噴出していたらしい。自分たちばかり苦労している、大変な思いをしている。他の人は楽をしている。特にお金をめぐってこのような批判、不満はどこの世界でもあるし、現在の世界、この国でも、ある人たちだけが優遇されている、不公平だ、と声高に煽る向きがある。こうしたことがコリントの教会の中でも取りざたされ、ぎくしゃくしていたということである。

今日の箇所は、8章の冒頭から語られてきた事柄、「エルサレム教会への募金活動の勧め」の結論部分である。当たり前のことだが、やはり宣教の立ち位置は違っても、パウロは飢饉に苦しむエルサレム教会の人々を、見捨てることはできないのである。他方、コリントの教会では募金活動は、「損だ、得だ」とばかり言い合い、頓挫している。どう説得したらよいのか。人はとかく「損得」勘定を行って、ことを判断しようとする。ところが「損得」を超えた更にその奥に、人間の一番の問題が潜んでいるのである。

6節でパウロは言う。「惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。喜んで与える人を神は愛してくださるからです」。教会の献金袋にかかれていたりする聖句である。但し、原文には「惜しんで」という言葉はない。さらに「豊か」という言葉は、意訳で「祝福の内に」と訳すのが正確である。牧師は時に献金の額を尋ねられたりする。その時にこの箇所で答える。「各自、不承不承でなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい」。大変ありがたい聖句であるが、ある意味、厳しい言葉でもある。いくらでも妥協できるし、厳しくもできる、自分自身の「納得」には、基準はない。

なぜ「収獲の話」をパウロは語るのか。皆さんも地に種を播いて、世話をした経験を持っているだろう。もともとは小さな種ひとつぶ、青く小さな苗である。これがやがて芽を出し、実を結び、茎をのばし、枝を拡げ、いつか何十倍もの実を実らせて行く。この一連のプロセスは、「必ずそうなる」という当たり前の行程ではなく、やがて実りがもたらされるかどうかには、何の保証も確約もないのである。この世的に言えば、実るかどうかは、運任せ、天のみぞ知る所である。時に、もしかしたら何年も、飢饉が続き、実らないかもしれない。実らなければ酷い飢えが待っているだろう。それでも人は種を播くのである。これはもう「損得」を超えた行動なのである。播かなければ、収穫はない、ところが播いても収穫はないかもしれない。それでも播かなければ、生きられないのである。「種を播く」ことは、実に「見ないで信じる」という「信仰の心、信じる目」がなければ、なし得ない人生の働きとも言えるだろう。主イエスは、「一粒の麦が死ななくては、多くの実りはない」と言われた。そして一粒の麦として、十字架に死なれたのである。それは神のみわざは、「損得」を超えていることの表れでもあった。

コリントという町に生きている人々の心とはどういうものか。多くの人々が互いに無関心に歩いてゆく都会の人々の群れの中で、どこかでチャリンとお金の落ちる音がする。すると周りの人が一斉にそちらを振り返る、ということがある。やはり人間にとってお金は重大事なのである。重大なこととなると、すぐに人は単純に割り切りたくなるものだ。「損か得か」それだけで考えてしまうと、重大事が、矮小化されてしまうのである。要は、事柄そのものを受け止めること、具体的には、目には見えない、信じるしかない、エルサレム教会の人々の生命に、手と心を伸ばすことなのである。「損か得か」だけでは、生命の問題が吹き飛んでしまう。

先ごろ、絵本作家の林明子氏の訃報が伝えられた。『こんとあき』、『きょうは何の日』等、なじみふかい、懐かしさのこもった暖かい色調の絵本を手にしたことがあろう。作家は自分自身についてこう語っている。「子どもをよろこばせたくて、大人は『たかい、たかい』をやってあげます。 かわいい笑い声をたてながら、『もっと!』と言われると、 大人は腕が痛いのもつい忘れて、またもちあげてしまいます。絵本をつくりながら、私は 『たかい、たかい』をするような楽しみを感じていました。 脂汗を流し、あの手、この手を試しながらつくる仕事は、『たかい、たかい』の腕の痛みどころではありません。 でも、できあがったばかりの本を、子どもを膝にのせて、 おもむろにひらき、読み、おしまいに、『もっと!』と言われたときは、本当に幸せな気持ちになります。》『子どもを描く 林明子の世界』

子どもを「高い高い」することは、「損得」とは関係がない。「大人は腕が痛いのもつい忘れて、またもちあげてしまいます」。子どもが成長してゆく、その見えない姿を心に写しながら、見えない心を喜ばせ、育てようとする信じるこころ、そこに人は生きており、そこで人は「腕の居たどころではない」働きに耐えるのである。

今日は教会で礼拝後、「敬老感謝のお祝い」を行う。「大人は腕が痛いのもつい忘れて、またもちあげてしまいます」、どこか、そのようにこれまで歩んで来られた、人生の諸先輩たちの歩みを分かち合いたい。「目に見えないものに目を注いで」生きる歩み、それは神の示される恵みへの歩みである。その恵みを喜び、さらに与えられた年月の歩みをたどりたい。