祈祷会・聖書の学び ガラテヤの信徒への手紙4章8~20節

弥生三月は、異動の季節、入学、卒業、転勤によって人間が動く時である。かつて小学校の社会の授業で、「ゲルマン民族の大移動」と呼ばれる出来事に痛く感銘を受けた覚えがある。人類はただ一か所に留まっていたのではなく、絶えず移動を続けて生存の途を切り開き、今もなおその営みを続けている。そして教会もまた例外ではない。

この時期、牧師が交代する教会も多い。そこでこういう話がある。とある教会から新しい牧師を招聘したいとの希望が出された。教区長が何人かの候補者を紹介したが、若すぎる、とか説教が下手だ、とか、誰を紹介してもあれこれ文句を言って受け入れない。そこでほとほと手を焼いた教区長はその教会の役員たちに言った。「とっておきの牧師を紹介しましょう。この牧師はこれまでいろいろ開拓伝道を試み、多くの教会の基礎を築いて来ました。しかし1つの教会に留まって牧会に当たったのは、最長1年か2年でした。徹底的に議論することが好きで、論争には負けません。但し身体が弱く、病気のために仕事を休まなければならないことも度々ありました」。すると役員たちはこういった「そんな移り気で腰の落ち着かない、しかも喧嘩っ早い、病気持ちの牧師はおことわりだ」。それを聞いて教区長は呆れ顔で帰っていった。ある人が教区長に尋ねた。「先のとっておきの牧師とは誰のことですか」。すると教区長曰く「使徒パウロさ」。

今日のテキストはパウロという人物を知る上で、非常に重要な箇所である。彼が何らかの病気を持っていたことは、他の書簡からも知ることができるが、ここはその情報のもっとも詳しい部分である。とはいえ病名の診断ができるほど、具体的ではない。しかし、その病気は外見でもすぐ分かるほどひどいものだったらしい。「あなたがたにとって試練となる」とか「忌み嫌う」とか「さげすむ」という強い表現が使われている。彼は自分の病気のことを「サタンから送られた使い、自分を打つ、肉体のとげ」と呼んでいる。ずいぶんとひどい病気で、そのありさまを見たら、目をそむけ、人が嫌だと離れてゆくようなものだったらしい。

「あなた方にとっての試練」というのは、ガラテヤ教会の人々が、パウロの日常生活、衣食住の支えばかりか、介護、介助、看護という労苦を負ったことを意味する。だからパウロはガラテヤの人々を心から「兄弟たち」と呼び、「できることなら自分の目を抉り出してもわたしに与えようとした」というのである。「目を抉り出しても」、とは強烈な表現である。ここからパウロの病気は眼病の一種ではないかと推測する人もいる。目は人間の身体の器官で重要な働きをする部分であり、旧約でも「目のひとみのように」とは「慈しむ、愛を注ぐ」と言う意味であるから、これはガラテヤ教会の人々の愛の大きさをこの上なく感謝する表現であろう。

しかし重要なのは13節「知ってのとおり、この前わたしは、体が弱くなったことがきっかけで、あなたがたに福音を告げ知らせました。」、「この前」とは「最初に」と訳すべきだと思う。「きっかけ」という言葉もふさわしい。ガラテヤの教会にパウロが福音を告げ知らせたきっかけ、そのなれそめは、何だったか。すべての出来事の「きっかけ」を考えることは、非常に興味深いものである。すべてにいえることは仕事でも結婚でも、発明、発見でも、何でも、計画通り、きっちりした準備の末にもたらされるものではないと言う事実である。多くは偶然、意外、失敗がつきまとっている。これを話題にしたら、いろいろ皆さんおもしろい体験を語れるのではないだろうか。

そもそも私が最初の任地に遣わされるきっかけも、教会からの招聘がなかったからであり、それによって教務教師への途が開かれ、ついに学校と教会の双方に仕える日々となったのである。それが良いのか悪いのかは分からない。そしてその全てを神の召命とか、責任とか言うつもりはないが、どうも、神のみ心とは、人間にはさっぱり分からないものらしい。み心であったのかしら、と言うくらいが関の山である。だから、この戦争は聖戦で、神のみ心だ、というような言い方は、恐らくみ心から一番離れているに違いない。神の計画は、そもそも人間にはしかと理解できない、それは主イエスの十字架への道を考えれば、一目瞭然である。

さて、パウロに戻ると、「体が弱くなったことがきっかけで」とある。病気のため前に進めなくなってしまった。パウロは前に前に突き進んでゆく人であった。伝道旅行というが、彼の足跡を辿ると、ものに憑かれたように、遮二無二、前に前にと歩みを進めているのが分かる。ただの熱心、情熱、真剣さでは説明できない。後から何かに追いかけられているようである。そして病気のため、もはや前に進むことができなくなり、ガラテヤで倒れ伏す。私自身、あまりこういう人生は見習いたくないし、送りたくないが。しかしパウロが「倒れる」ことによって、逆にガラテヤに「福音」が伝えられる。神はこうした逆説によって働かれる。後にパウロはフィリピ書でこう語る。「自分の身に起こったことが(獄に繋がれたことが)却って福音の前進につながった」。善意からはもちろん、悪意やねたみによっても、キリストが宣べ伝えられた。パウロは徹底的に神の逆説的な恵みを味わいつくした人と言えるだろう。神の恵みは、人間の希望や期待通りの単純なものではない。「自分が計画したとおりにうまく言った、神の恵みだ」、というのは安価な恵みである。パウロが倒れる、ことによって福音が伝えられる、獄に投げ込まれる、ことが福音を前進させた。神のなされることはこうした逆説的な恵みという形を取るものである。

19節「わたしの子供たち、キリストがあなたがたの内に形づくられるまで、わたしは、もう一度あなたがたを産もうと苦しんでいます」。「産みの苦しみ」という。「その夜、避難所でお母さんが産気づいた。同じく避難していたほかの女性たちが手を貸す。停電の闇の中、懐中電灯の明かりを頼りに産声を上げた赤ん坊のへその緒を裁縫用の糸でしばり、その子を発泡スチロールの箱で暖めたという。東日本大震災の夜、宮城県石巻市の避難所での出来事だ」(3月12日付「水や空」)。未曽有の生命の危機の中で、新しく生まれて来る生命のために、そこに居合わせた人々が、その生命に集中する。「産みの苦しみ」は母のみならず、皆をひとつに結びつける働きとなるのである。