祈祷会・聖書の学び 歴代誌上11章1~9節

「みんながもっている」、「みんながいってる」、子どもが自分の要求を通したい時、しばしば口にする台詞である。「みんなってだれのこと」と聞き返すと、「~ちゃんと、~ちゃん」、「ふたりだけなの?」、「うん」という調子。子どもばかりでなく、大人でも、何人かが言ったら、「みんな」、と言い、少しのことを「たいへん」と大仰に言うではないか。

「歴史修正主義」という言葉がある。「歴史的事実を意図的に否定したり、矮小(わいしょう)化したり、一側面のみを誇張したりすることを通して、過去の歴史の評価を変えていこうとすること。それが歴史修正主義です。主に政治的な意図によって駆動されます」(武井彩佳「『歴史修正主義』は何を狙っているのか」)。「ユダヤ人虐殺は捏造(ねつぞう)だ」「南京事件は起きなかった」等など、一般に学問的にも一定のコンセンサスを得ている歴史上の出来事を、意図的に否定や矮小化を試みる見解がしばしば主張される。近年はその傾向が増大してきているようにも感じられる。素より「歴史」は、過去の出来事であり、そのまま純客観的に描写し語ることは不可能であり、文字にして記録すること、さらに映像でさえも、「解釈」ぬきには成立しないのである。「歴史修正主義」もまた、その延長上(逸脱というべきか)になされる。

「歴代誌」は、サムエル記から列王記に綴られる記述を再構成(編集)することで成立した書物であると考えられるが、一見するとただ簡略化された歴史記述のようにも感じられる。それ以前の王国にまつわる歴史記述が、あまりに詳細で、豊かなドラマ性をはらんでいることを煩わしく感じ、ただ要点のみ、即ち、神のみわざのみに集中しようとしたと善意に受け止めることが出来ない訳ではない。やはり後代の律法学者の見解もそうだったと見えて、ヘブライ語聖書では、この書物を掉尾の「諸書」の部類に含めているのは、この書に対する評価をよく物語っている。

「歴代誌」は、アダムからアブラハムに至る系図から書き起こして、イスラエル12部族の子孫ついて、ほぼ名前を記すにとどまる短い章句によって言及されるのみで、9章に唐突にバビロン捕囚からの帰還民についての記述が加えられる。さらに10章に入るとまた突然にサウル王の死が報じられるという塩梅である。現在のサムエル記の中核を形作っていると見なされる「王位継承史」そして「台頭史」のようなドラマ性を一切はぎ取って、無味乾燥とも言える簡略化された、歴史記述とも言えないような文章が綴られて行くのである。

しかし「歴代誌」の記述の個性は、ただ簡略化という要素だけではない。今日取り扱う11章から、ダビデ王についての筆が起こされて行くが、この書物はほぼこの王と、それに続くダビデ王家の事績のみに紙面が費やされ、北王国については、それがなかったかのように、まったく言及されないのである。そしてまたダビデの引き起こしたスキャンダル「バテセバ事件」、「アブサロムとの確執」、あるいはソロモンの晩年の多くの后妃との宮廷生活、偶像崇拝等については全く沈黙しており、多くの倫理的、政治的な逸脱や失敗が完全に消し去られている。歴代誌において、彼らは非の打ち所がない「理想の聖王」として描かれるのであり、現代ならばやはり「歴史修正主義」の典型とみなすことができるだろう。

他方、神殿やそこで執行される祭儀制度、祭儀を担う祭司やレビ人の職制が詳細に語られ、徹底した「因果応報」思想に裏打ちされた厳密な律法の遵守が強調されている。これらの言説(イデオロギー)の源は、バビロン捕囚から帰還した後の時代(紀元前4世紀頃)に、傷ついた共同体のアイデンティティを再構築するためという動機に求められるだろう。そのために、過去の歴史を「理想化」する必要にせまられたということである。これは現代においても、どこの国でも為政者が民意を集約するために試みる常套手段とも言える。

本章はダビデ王の登場を語る個所である。1節「すべてのイスラエル人はヘブロンのダビデのもとに集まり、こう言った。「御覧ください。わたしたちはあなたの骨肉です。あなたの神、主はあなたに仰せになりました。『わが民イスラエルを牧するのはあなただ。あなたがわが民イスラエルの指導者となる』と」。ここにはサウル王からダビデに王位が移行してゆく様々な歴史、葛藤や煩悶、恐れや悲哀、愛惜や憎悪等のドラマ、旧約において最も魅力的な出来事が、全く捨象されている。そもそもサムエル記では、イスラエルに王が立てられることについて、肯定的、否定的見解を各々共に語り、そこからイスラエルの歴史を見る人々に、深い問いを投げ返るのであるが、歴代誌には、一方的にダビデの王国に神の計画が実現されることを強調するのである。こうした他の選択を許さない偏狭とも言えるイデオロギー、暗黙裡にダビデ王国の再興を強固に訴える言説が、バビロン捕囚後のユダヤにはどうしても必要と考えられたということなのだろう。

歴代誌のこの章までは、プロローグ的な記述であり、ダビデの登場によって、この章から本題が始まるが、国の再興のための指針も巧みに織り込まれていることが興味深い。7節「ダビデはこの要害に住んだ。それゆえ、それはダビデの町と呼ばれるようになった。 彼は町の周囲をミロから一周するまで築城して固め、ヨアブは町の他の部分を修復した」。ダビデの町(王国)は、戦争によって荒廃し、捕囚の期間、放置され荒れ果てたままである。かつてヨアブ(ダビデの甥、側近の将軍)の働きを想起させて、残された神の民に、彼(必ずしも良き仲間ではなかった)の後継者たるべきことを示唆しているのである。

この国も80年余前に敗戦の出来事に直面し、自国の復興という課題の前に直面したのである。かつての軍国主義的な国のあり方が、ひっくり返され否定される中で、自分たちのアイデンティティの有り様が鋭く問われたのである。そうした時代精神の中に、日本国憲法が制定され、そこにこの国の人々は、確かに新しい自分の拠り所のありかを、強く意識したのである。しかし、時代の流れと共に、その意識も変遷せざるを得ない。現在、その流れを時代状況の変化を盾に、一方の側に強く傾けようとする動きも、ここそこに見出せるのである。歴代誌の歴史観は、単純であり、偏狭であり、歴史の修正も厭わず、矛盾や葛藤を自ら負い続けるという姿勢は皆無である。これによって「ユダヤ教」の基礎が据えられ、「律法」遵守のあり方が確立されたとも言えるのだが、同時に、これが「律法主義」の元凶ともなったことは否めない。マソラ聖書で「諸書」の一書に置かれているのも、「反面教師」としての役割を暗に示しているのであろうか。何がほんとうに人間の誇りを鼓舞するのか、常に問い続ける必要があろう。