西口智子

2020説教集ー田中牧師-

「人ひとりいない」イザヤ書59章12~20節

人間には皆、人であれ物であれ、何らかの「愛するもの」がある。現在、栃木県佐野市の郷土博物館で、「正造が愛したもの」と名付けられた企画展が開催されている。「正造」とは、かの「足尾鉱毒事件」のために奔走し、天皇に直訴すらも試みた田中正造その人で...
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祈祷会・聖書の学び イザヤ書15章1~16章5節

誰か他の人に文句や苦言を呈するのは、結構難しい。相手を怒らせないで、心を閉ざさせないで、こちらの言いたいことを伝えるには、随分な熟練のスキルが必要である。関西の人が「考えとく」と答えたなら、それは「考えない、する気がない」ということであり、...
2020説教集ー田中牧師-

「光の中を歩もう」イザヤ書2章1〰5節

今年もはやアドヴェント、待降節を迎えた。一年の巡りは早く、間もなく年の瀬を迎える。待降節は、主のご降誕を「待つ」時である。キリスト教はまず「待つ」ことからことを始める。ただ「待つ」ということの重みを、例年以上にひしひしと感じるこの年である。...
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祈祷会・聖書の学び イザヤ書10章5~19節

いわゆる「聖書の世界」は、旧約では「オリエント、古代近東世界(Ancient Near East)」と呼ばれる地域である。メソポタミアからエジプトに渡る半円状の地域は、「肥沃な新月型地帯」と称され、世界最古の文明が生じた地域である。メソポタ...
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祈祷会・聖書の学び イザヤ書15章1~16章5節

誰か他の人に文句や苦言を呈するのは、結構難しい。相手を怒らせないで、心を閉ざさせないで、こちらの言いたいことを伝えるには、随分な熟練のスキルが必要である。関西の人が「考えとく」と答えたなら、それは「考えない、する気がない」ということであり、...
2020説教集ー田中牧師-

「共にざわめく」 ミカ書2章12~13節

今年、5月8日の朝日新聞「折々のことば」に、こういう文章が紹介されていた。「ここに壁があってそこに一人しか乗れない踏み台がある。壁の向こうの庭で何か面白いことが起きていて、一人が登って下の子どもたちに向かって壁の向こうで何が起きているかを報...
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祈祷会・聖書の学び 創世記47章28~48章9節

2006年に79歳で逝去された詩人の茨木のり子氏は、生前、自分が死んだ後に届けられる訃報を、届け先まで自らの手でしるし、家族の者たちに託したという。その文面は次の通りである。「このたび私 年 月 日(病名)にて/この世におさらばすることにな...
2020説教集ー田中牧師-

「預言者を立てられる」申命記18章15~22節

「今どきの若い者は」、この枕詞に続く文章は何だろうか。「なっとらん」、と続くのが定番である。民俗学者の柳田国男氏が英国の学者から聞いた話として書き留めたところでは、約4千年前のエジプトの古文書にも「この頃の若い者は」という嘆き節が出てくると...
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祈祷会・聖書の学び 創世記44章1~17節

ファラオの夢の解き明かしによって、エジプトの大飢饉を予見し、「リスク・マネジメント」に手腕を発揮したヨセフは、エジプトの宰相、ナンバー2の地位に上り詰める。「飢饉」というネガティブな災厄が、彼の人生を大逆転させるのである。さらにこの飢饉によ...
2020説教集ー田中牧師-

主日礼拝「ここで別れよう」創世記13章1~18節

先ごろ、兵庫県で、山中の行方不明者の捜索をしていた警察犬が、自ら逃走し、行方不明となって自分の方が捜索された、とのニュースが伝えられた。どうも匂いを追っている内に、右左どちらか方向が分からなくなり、パニックになって逃げ出した(職場放棄)のか...