説教集

2025説教集ー田中牧師

降誕日礼拝「わが魂は主をあがめ」ルカによる福音書1章39~56節

祝クリスマス。作家として多彩に活躍した向田邦子氏の第1作目のエッセイ集、『父の詫び状』に収録されている1篇に『チーコとグランデ』という題名の作品がある。タイトルの「チーコ」と「グランデ」とは、其々スペイン語で「小さいサイズ」、「大きいサイズ...
説教集

祈祷会・聖書の学び 列王記上18章16~29節

作家の今井美沙子氏がこういう文章を記している。「私は子どもの頃、父と母が全く正反対のことを言うので悩んだ事があった。それは『苦労』についてであった。母は『若か時の苦労は買うてでもせえというけん、苦労はした方がよかとよ』と言った。父は『ミンコ...
新着情報

「主は羊飼いとして」イザヤ書40章1~11節

クリスマスシーズンになると、いくつか聞こえて来るなじみの音楽がある。先日も桜美林高校のチャペルに伺った折、礼拝の後、「ハレルヤ・コーラス」の練習の歌声が聞こえて来た。つくづくクリスマスシーズンを感じさせられた。ヘンデル作曲のオラトリオ『メサ...
2025説教集ー田中牧師

「立ち帰るかもしれない」エレミヤ書36章1~10節

12月に入り、北国からは降雪の報が伝えられている。いよいよ厳しい冬の到来である。この国の童話の草分けとも評される新美南吉の代表作に、『手袋を買いに』という作品がある。町中に出没する野生動物の脅威が報道されている昨今、考えさせられる物語である...
2025説教集ー田中牧師

「深い海の底に」イザヤ書51章4~11節

こういう新聞記事を目にした。「どんなに待っても、そこにバスが止まることはない。認知症の人のためにつくられた『バスの来ないバス停』だからだ。全国の介護施設などで設置が広まる。発祥はドイツだという。施設に入居する認知症の高齢者は、不安などから自...
2025説教集ー田中牧師

「こころによって見る」サムエル記上16章1~13節

今日は「収穫感謝礼拝」を守る。教会やミッション・スクールでは、しばしばこの日にアメリカの「感謝祭(Thanksgiving Day)」の起源について語られる。17世紀に故国イギリスを離れ、アメリカ大陸に渡った清教徒(ピルグリム・ファーザーズ...
2025説教集ー田中牧師

「腕を伸ばし」出エジプト記6章2~13節

この15日から「デフリンピック」がこの国で開催されている。英語で耳が不自由なことを意味する「デフ」とオリンピックを合わせた造語だという。ニュースでこのように解説されていた。「話し声と同程度、55デシベルの音が聞こえない選手が出場する。公平を...
2025説教集ー田中牧師

「主は外に連れ出して」創世記15章1~18節

毎朝、テレビからこんな歌が流れて来る「毎日難儀なことばかり/泣き疲れ眠るだけ/そんなじゃダメだと怒ったり/これでもいいかと思ったり/風が吹けば消えそうで/おちおち夢も見られない」、この10月からの朝ドラのオープニング曲『笑ったり、転んだり』...
2025説教集ー田中牧師

「アベルはどこにいるのか」創世記4章1~10節

ある歌人にまつわるこんな逸話を目にした、「食卓を囲んで、隣や向かいの皿をチラと見れば、なんだか自分より量が多い気がする。歌人の斎藤茂吉は好物のウナギを前に、弟子たちに言った。『君、そっちのほうが大きいから替えてくれ』。師に気をつかって一番大...
2025説教集ー田中牧師

「土の塵で人を形づくり」創世記2章4~9節、15~25節

ある幼稚園の先生が記している「純粋な粘土は、触れると手がスーッと軽くなるように感じます。まるで手にたまった邪気や電磁波なども吸い取ってくれるかのよう。子どもたちはひたすらこねたり、撫で回したりしながら『気持ちいい!気持ちいい!』を連発してい...