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祈祷会・聖書の学び ルカによる福音書13章18~35節

茶室の出入り口を「躙(にじ)り口」と呼ぶ。大体、高さ二尺二寸(約67cm)、幅二尺一寸(約63cm)程度が一般的な大きさであるという。出入りするのに立ったままでは通れないから、身をかがめて潜る案配なので、いきおい躙って(にじって)入る姿勢に...
2025説教集ー田中牧師

「わたしが来たのは」マタイによる福音書5章17~20節

2月の中旬を迎えた。旧暦の「如月」という名称は、中国最古の辞書『爾雅(じが)』に、「2月を如となす(にょげつ)」と記されて、それは「厳しい冬が終わり、草木や自然などの万物が動き出す季節」といった意味だと説明されている。ところがこの国では、連...
2025説教集ー田中牧師

「聞くには聞くが」マタイによる福音書13章10~17節

こういう統計がある。「20分後には42%、1時間後には56%、24時間後には74%1週間後には77%、1ヶ月後には79%」、これは「エビングハウスの忘却曲線」呼ばれる数字である。19世紀のドイツに生まれた心理学者ヘルマン・エビングハウスが発...
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祈祷会・聖書の学び ペトロの手紙二2章1~10節

テレビで「何でも鑑定団」という番組がある。長寿番組のひとつなので、それなりの視聴率があるので、「鑑定」というものに関心の高い人は多いのだろう。皆さんは「真贋」の目利きはできそうか。「鑑定士」の解説を聞くと、確かになるほどと納得させられる。そ...
2025説教集ー田中牧師

「幼子の口に賛美を」マタイによる福音書21章12~17節

「満ち足り愉快な気持ちを表す『楽しい』という言葉の語源は諸説ある。一説によると、手(た)を伸ばして喜ぶことに由来する(日本語源大辞典、小学館)。そんな伸びやかな心境を指す言葉が、政権のスローガンに登場した。石破茂首相が施政方針演説などで掲げ...
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祈祷会・聖書の学びコリントの信徒への手紙一14章1~11節

外国を旅行する時、言葉の問題は大きい。一応の素養はあっても、母国語でない言語の中に身を置いてひと時を過ごし、安全と必要な情報を得るためには、随分と神経をすり減らすものである。四六時中、耳が敏感になり、眠っていてもどこか目覚めているような感覚...
2025説教集ー田中牧師

「暗闇に住む民は」マタイによる福音書4章12~17節

今年、阪神・淡路大震災から30年の時を経た。かつて学生時代、被災し倒壊したその町で暮らし、毎日、往来した懐かしい場所であった。今まで、ここには大きな災害は来ないと信じられていた都市(まち)で起こったゆえに、計ることのできない自然災害の猛威を...
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祈祷会・聖書の学び コリントの信徒への手紙一12章1~11節

「とんかつの肉より高いキャベツかな」、昨今の青物野菜の高騰を評した川柳である。圧倒的な存在感を漂わせるメインディッシュに比して、その野菜の立場は余りに弱いように感じられる。しかし、メインのみだったらやはり物足りなさや行き過ぎを覚えるのである...
2025説教集ー田中牧師

「ガリラヤ中を回って」マタイによる福音書4章18~25節

ある中央紙にこういうコラムが掲載されていた。「長いものには巻かれろ――。『強大な権力を持つ人には逆らわず、従っておいた方が良い』との格言である。象の長い鼻に巻かれた猟師が抵抗せず、そのままの体勢で、襲いかかってきた獅子を弓矢で退治した中国の...
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祈祷会・聖書の学び コリントの信徒への手紙一9章1~14節

「とにかくね、僕にはね、広いライ麦の畑やなんかがあってさ、そこで小さな子供たちが、みんなでなんかのゲームをしてるとこが目に見えるんだよ。何千っていう子供たちがいるんだ。そしてあたりには誰もいない――誰もって大人はだよ――僕のほかにはね。で僕...