「無に等しい」コリントの信徒への手紙一13章1~7節

「後悔先に立たず」と言われるが、「あとは野となれ山となれ」とはなかなか思い切れず、悔やんでも仕方のないことで、後で思い悩むのが人間というものであろう。「自分に正直な人生を生きればよかった」。「働きすぎなければよかった」。「思い切って自分の気持ちを伝えればよかった」。「友人と連絡を取り続ければよかった」。そしてそれらをひとまとめにするような言葉、「もっと幸せを求めればよかった」、このような思いが一番切実に、鮮明になる時はいつだと思われるか。大体、想像はつくだろう。医師や看護師さん等の、いわゆる「生と死を看取る」仕事をされている方々は、人がその人生の最後に、どのような思いを持つのかを、私たちに伝えてくれる。それによれば、ひとり一人の人生は十人十色だが、人間はみなその最後にあたって、同じような思いになるようなのである。それが先ほど挙げた事柄、思いなのである。人生の最期は、本来、その人の花道なのであるが。

さて、音楽、特に大人数で演奏する交響曲の終わりは、クライマックスらしく、華々しく景気よく幕が閉じられる作品が多い。作曲家はやはり最後に大きな効果を上げるために、いろいろな趣向を盛り込む。ロシアの音楽家チャイコフスキーが作曲した「序曲1812年」という作品では、曲の最後に大砲(もちろん空砲)を鳴らす、という過激な工夫がなされている。楽譜に「大砲に点火、打て」とか指示されているのだろうか。最もよくあるパターンは、最後にじゃーんとシンバルを景気よく打ち鳴らす、という方法だろう。聞く側も、いよいよ大詰めだと気持ちが高まるのではないか。

「乾坤一擲」、という喩えがあるが、さながらシンバルはその最たるもので、元気がいいからといって、いつもいつも喧しく打ち鳴らしていたら、音楽は台無しである。ここぞという時に登場して、すかさずじゃーんと鳴らすのに限る。タイミングを逃したら、身もふたもなくなる。オーケストラの演奏者には、それぞれの楽器ごとのパート譜が配られているが、シンバルにもちゃんと楽譜はある。その楽譜たるや、休符記号ばかりが延々と続き、演奏する個所は、ごく僅かである。しかし演奏者はそのわずかの時を逃さないように、全神経を集中して、臨んでいるのである。なぜなら、その一瞬のじゃーんで、曲の行方が決まるのであるから。

先ほど朗読された聖書個所、コリントの信徒への手紙一13章は、パウロの手紙の中でも、最も有名で、よく読まれる個所である。もちろんこの手紙の中での嚆矢とも言える言葉である。しばしば「愛の賛歌」と題されている。ところが聖書学的には難しい問題がある。まず前後の繋がりを遮断するように、割り込みをするように、この有名な愛の歌が挟まっているのである。さらに、この個所で用いられている用語が、およそパウロが他では使わない言葉が沢山ちりばめられている。そもそも文体がパウロらしくないのである。そうかといって、著者が誰か他の人の文章を、そのままコピペしたような証拠もないし、教会で歌われていた讃美歌をそのまま引用したという風情でもない。しかも、ごく初期の写本にも今のような形で書き写されているから、益々不可解であり、今でも解けない聖書学の大きな謎のひとつとなっている。中には若かりし頃のパウロの習作である、と想像する向きもある。

1節「たとえ、人々の異言(言葉)、天使たちの異言(言葉)を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル」。「異言」とは文字通り「異なる言葉」、凡人には到底語れないような、神の使いのような人にしか口にできないすばらしい言葉、文学でも、読み手を思わず引き込む「珠玉」のような文章・文体があり、学問の世界に、常人の舌を巻かせる「高尚な、高邁な」学説というものがある。芸術の分野でも「天賦の才、神業あるいは悪魔の仕業か」かと思われるような演奏がある。素人には到底まねができない、日々の弛まぬ努力や練達の賜物であるとも言える。しかし、この手紙の著者は言う「もし愛がなければ、騒がしいどら、やかましいシンバル」。

パウロの滞在していた小アジア(現在のトルコ)は、古くから、今でも良いシンバルの生産地である。口語訳聖書では、「鐘、鐃鉢」という訳語があてられていた。「どら」と訳されているが、これは青銅でできた大きな鉢のような鐘のことである。お寺には僧侶が読経をする席の傍らに、そんな鐘が置かれており、時折、読経の合間にゴーンと鳴らされる。また「シンバル」と訳されている語は、原文ギリシャ語でもそのまま「キンバロン」であり、現在のシンバルとあまり変わらない楽器だったろうと考えられている。この二つの楽器は、ヘレニズム世界での神殿での礼拝で、じゃんじゃかごんごん、盛んに打ち鳴らされて、儀式が行われていたのである。なぜ派手に打ち鳴らされるかと言えば、神様が寝ていて祈りを聞いてくれないといけないから、ちゃんと目を覚ましてもらうためである。

音色のいい良いシンバルを作るためには、金属で大きなお皿にするだけではだめで、幾度もハンマーで叩くことが欠かせない。作り方によっては、針金のような金属の線をとぐろに巻いて、叩いて板にするという製法もあるようだから、(音が回って出て来るとか言われる)おそらくパウロの滞在していた住居の隣近所で、トンテンカンテン、シンバルを作るために金属をたたく音がしょっちゅう響いていたのだろう。その騒音にイライラさせられたかもしれない。

さらにそれに続けて「たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない」。「もし愛がなければ」、ただの「騒音」、「無」だ、「損失」だ。どんな素晴らしい学問も、芸術も、神学も、信仰も、奉仕も、自分の命を投げ出す自己犠牲すらも、もし「愛」がなければ「無だ」と断言的に言い切る所に、パウロらしさがあふれている。これはある意味では、人間の人生、生きる価値や意味に対する、最もラジカルな見解だろう。今、あなたの人生に愛はあるのか、そして今までのあなたに、その生きて来た道筋に、愛はあったのか。それだけが最後に計られることになる。

こういう文章がある「われわれは愛によって愛のためにつくられた。生きている時は愛することを学び、死ぬときは愛についての試験をうける。もし、しっかり勉強して自分を鍛えれば、永遠に愛のうちに歩み、かつ生きる。しかし、もし身がってに愛するなら、そのたびごとに、神がわれわれと世界のためにお立てになった計画が、少しずつくずれる」(ミッシェル・クォスト『神に聴くすべを知っているなら』)。

「生きている時には、愛することを学び、死ぬときには愛について試験を受ける」、大人になっても受験の夢を見て、冷や汗をかくという思い出話を聞くことがある。試験は嫌なものだろうが、殊「愛についての試験」とはどのようなものか。ペーパー試験ではないことは確実だが、最初に紹介した、人生最後の時の問いに、それがよく表れている用に思う。「もっと幸せを求めればよかった」。その「幸せ」とは、言葉を換えれば「愛がなければすべては無」というパウロの言葉に通じているのではないか。

この教会の信仰の先輩のひとり(もうすでに天国の住人となっておられる)が、こういう文章を記している。「今日までの長い人生の間、私の側にはいつも聖書と讃美歌があり、苦しい時や悲しい時には慰められ励まされてきた。学生時代に覚えた讃美歌を歌う時、奨励をしてくださった恩師の顔が浮かぶし、また卒業前の修養会で心を熱して歌った讃美歌は友人と深い絆を結んでくれた。昨今の私は、日常の家事をしながらいつの間にか讃美歌を口ずさんでいることがある、こんな時、神様の御手の内に生かされている自分を発見して神様の平安の御恩寵を有難く感謝、満たされている日々である」(季報第80号「讃美歌と私」)。この文章を読んで、最期の床で、姉が口を動かしていたのは、あるいは讃美歌を歌っていたのかもしれないと思わされる。それ程に、姉の日常、人生と讃美歌がひとつになっている。

「もし愛がなければ」、この「愛」を「キリスト」に読み替えて読み、理解したらよい、と言われる。信仰者にとって「愛」があるか、とは人間的なやさしさや思いやり、憐みのことをまず指しているのではない。「キリスト」と繋がっているか。自分の人生の日常のどこか、生活の何某かが、キリストに触れあっているか、キリストと共にあるか、そこにかかっている。拙い働き、手のわざの中で、それでもキリストからそれが出て、キリストに向かうなら、神はその拙さを、小ささを受け止め、大きく用いるであろう。「愛は決して滅びない」、とパウロは言う、その「愛」そのものである「キリスト」に繋がっているなら、十字架の主、さらに復活の主と共に、永遠の生命に生きるであろう。