受難週祈祷会 哀歌3章40~51節

楽器でないものを用いて演奏する曲がある。「ハンガリー人の現代音楽作曲家リゲティの作品に、ぜんまい式メトロノーム100台だけを使う奇妙な“曲”がある。ばらばらのテンポに設定したメトロノームを一斉に鳴らして演奏が始まる。最初は塊になっていた「カチ、カチ」という音の密度は次第に薄くなり、最後はゆっくり拍子を刻んでいた1台が止まる。この曲で悠久の時の流れに思いをはせる人がいれば、人の一生を感じる人がいるかもしれない。解釈は聴く人によってさまざまあろう。単純な音でも影響力はあなどれない。何の変哲もない音の数々が、聴く人に心地よさをもたらすと近年、関心を集めている」(2021年2月11日滴一滴)。皆さんは度の速さのメトロノームで生きているだろうか。

音楽の三要素は「メロディ(旋律)」「リズム(拍子)」「ハーモニー(和声)」である。この3つの要素が巧みに用いられて、音楽が紡ぎ出される。これらの中で最も曲に統一感を与えるものがリズムであり、それが曲の途中で突然変化すると、聴く者の心が不安定さを感じ、不安や恐れの気分を生み出す効果があるから、それを巧みに用いて作られている曲も多い。

『哀歌』(あいか)は、ヘブライ語聖書では「エイカー(איכה)」と題されている。日本語訳の聖書ではエレミヤ書のすぐ後に置かれて、『エレミヤ哀歌』とも呼ばれて、その源が預言者エレミヤに遡ることを示唆している。ユダヤ教が用いるマソラ写本では「諸書(メギロート)」、即ち「コヘレトの言葉」「雅歌」「ルツ記」「エステル記」等と並ぶ5つの文学的な書物群の一書として分類されているが、初代キリスト教が旧約の底本として用いたギリシア語翻訳の七十人訳聖書では、エレミヤの作であることが冒頭で触れられ、『エレミヤ書』の後に収められている。

「哀歌」には5つの歌がおさめられており、それぞれ紀元前586年に起きたエルサレムの陥落とエルサレム神殿の破壊を嘆く歌であり、バビロン捕囚の時代につくられたものと考えられている。ちなみに第1〜第4の歌はヘブライ文字のアルファベットが各連のはじめに来るような技巧を凝らした歌となっている。第5の歌は「祈り」の体裁として記されている。

「哀歌」の一番の特徴として、「キーナー調」と呼ばれるヘブライ詩特有の韻律(リズム)が用いられていることが挙げられる。「キーナー」はヘブライ語で「哀歌」や「挽歌」を意味し、愛する人の死や、国家的な大災厄(エルサレムの崩壊など)を嘆き悲しむ際に用いられる独特の調子である。そのリズムは、不均衡な構成が取られ、通常、1行毎に「3拍+2拍」という、後ろが短い不揃いなリズムで構成されている。バランスが悪く、「後に続く音が足りない」ような不安定さが、すすり泣きや、悲しみで言葉が途切れる様子を表現していると考えられている。このリズムは一部の詩編(74編他)、預言書の中の哀悼の場面にしばしば用いられている。これは、単なる形式的な構成ではなく、深い悲嘆の感情を聴衆に伝えるための文学的・音楽的な工夫であり、いわばむせび泣くような悲しみの心情が、自然にこういうリズムを生む出したとも言えるであろう。

45節「わたしたちを塵、芥のようにして/諸国の民の中にお見捨てになりました」。バビロニアの侵攻によって、祖国が滅亡し、エルサレムは神殿を始めすべてが徹底的に破壊された。そして住民はバビロンに捕囚されるという悲惨を、詩人は「塵、芥」のように「見捨てられた」と嘆く。『哀歌』全編にわたって、こうした嘆きが繰り返されている。46節「敵は皆、わたしたちに向かって大口を開く。恐れとおののきが、騒乱と破壊が、襲いかかる」。自分たちをバビロン(異郷)に追いやった者たちは、かまびすしく嘲りの声を浴びせる。それは神殿や美しい街並みという見えるインフラを破壊したばかりではなく、見えないもの、心や精神やたましいに襲い掛かり、恐れと慄きをもって、絶えず圧迫するのである。こうした喪失の痛みや悲しみに、人はどう向き合うことができるのか。

心理学的グリーフ・ケア(悲しみの癒し)の視点から、悲嘆の受容のプロセスにおいて、 悲しみを繰り返し体験・表出することによって、愛する存在を失った事実を少しずつ受け入れ、感情の整理が行われることが知られている。「哀歌」が喪失の悲しみと痛みを、堂々巡りのようにくりかえすことは、決して無意味ではないのである。さらに感情の解放と安定のために、悲しみを押し殺さず、何度も泣いたり語ったりすることで、複雑に絡み合った感情(罪悪感や自責感)が解き放たれて来ることが知られている。そのように48節「わたしの民の娘は打ち砕かれ/わたしの目は滝のように涙を流す。わたしの目は休むことなく涙を流し続ける」と詩人は涙を留めないで、かえって泣き続けると語るのである。

詩人にとって、一番の問題は悲痛の根がどこにあるのか、であり、それをないかのようにただ(無辜の被害者のように)嘆くことはできないのである。43節「あなたは怒りに包まれて追い迫り/わたしたちを打ち殺して容赦なさらない。あなたは雲の中に御自分をとざし/どんな祈りもさえぎられます」。神の怒りと拒絶が自分を捉えて離さず、絶えず思い起こされて、なす術もなく、立ち往生しているというのが、詩人の、またイスラエルの心情なのである。この辺りに、イスラエルの人々が抱える大きなジレンマが横たわっているのである。「捨てる神あれば拾う神あり」とばかり、余所に目を移し、悲痛から心を反らすという方便を取れれば、心の負担は軽減されるであろう。あるいは、神の憐れみに一縷の望みをかけて、ただただひれ伏すという態度が取れれば良いのだが、それもまた上っ面のことで、はらわた深くを探られる方の前には、空しいという思いが先行するのである。イスラエルの神によって見出され、選ばれ、歩んできた民にとって、中途半端な姿勢では、回復への希望も見いだせないのである。ひたすらさ、徹底さがあだとなる、ということか。

40節「わたしたちは自らの道を探し求めて/主に立ち帰ろう。天にいます神に向かって/両手を上げ心も挙げて言おう」。「立ち帰る道」を見出し、そこを歩んで、立ち帰るしかない、しかし、その道はあまりに遥かで険しい、その途上で呻吟し嘆き続けるのが、哀しみの詩人の魂なのである。

「わたしは道、真理、いのち」と主イエスは言われる。自らの力で、道を見出し得ず、ただ嘆きだけが募る中で、神の方が手を伸ばされ、立ち往生している私のもとに来られるのである。主イエスが神への道となってくださる。そこにこそ、嘆きつつも悲しみつつも歩んで行ける道程があるだろう。22節「主の慈しみは決して絶えない。主の憐れみは決して尽きない。それは朝ごとに新たになる」。自分の道はもはや失われた、しかしもう一つの道がある。十字架への道をたどることで、神への道を開かれた主イエスの道が。