平和聖日礼拝「炭火を頭に」ローマの信徒への手紙12章9~21節

「高さ30センチ余りの一升瓶の形をした鉛の塊」、持ち上げるとよろけそうになるくらい重いという。古代の遺物や遺跡からの出土品の中には、用途が不明なものがままある。これは何か。出自が分からなければ、大きな歴史の謎ともなりそうな異形の遺物である。

今日はヒロシマ原爆忌である。1日付けの地方新聞に、こういう記事が掲載された。「手に持つとずっしりと重い。一升瓶の形をした鉛の塊が原爆資料館に寄贈されたのは7年前。爆心地に近い印刷会社の跡にあったものだ。活版印刷の多くの活字が高熱で溶け、傍らにあった瓶に流れ込んで固まったらしい。犠牲となった経営者の家族や社員の魂が固まった―。終戦後に復員した遺族はそう信じ、大切にしてきた。逸話を知り、ひとごとと思えなかった。かつて鉛の活字は新聞社になくてはならない大切な存在だったからだ」(8月1日付「天風録」)。

今も、原爆の記憶の縁となる遺品が、新たに資料館に託されることがある。無残にも命を奪われた、大切な家族や身内、愛する者たちのいとしい記憶を留める縁となる大切な遺品を、衆目の前に展示して、公に開示するというのは、遺族にとって大きな決断だったろう。本当なら自分だけのものにして心の奥にしまっておきたい、手元に留め置きたい、と願うのが人の情であろうが、その思いを振り切って、多くの人の目に見えるようにする、というのは、心の勇気の発露であろう。それ以上の平和への希求に心を繋げたい。

昔の印刷所において、鉛の活字は最も大切な財産であったろう。職工が小さな印字一つひとつ丹念に手で拾い、小さな木箱に並べ、それを基に原版が作られ、印刷物が刷られて行く。小学生の時に小さな町工場の印刷所に見学に行った時のことを思い出す。その印刷物の元、いわば「ことば」の素を、一発の原爆の熱線が焼き尽くし、どろどろに溶かしつくし、異形の鉛の塊に変えたのである。「犠牲となった経営者の家族や社員の魂が固まった」という思いは、決して大げさではない。

「平和聖日」礼拝である。先の戦争、敗戦から78年目を迎え、今日6日は「ヒロシマ原爆忌」、世界に核兵器のない「まことの平和」が形作られるよう祈念する日である。昨年、今年と、ウクライナでの戦争が今もなお続けられており、終結の気配すら見えない中で、また原爆忌を迎えるのであるが、性懲りもなく核攻撃の脅しが繰り返されている。そういう混沌の中で、私たちはみ言葉から何を聞くのか。「日ごとの糧」の今日の聖句に向かい合いたい。

9節「愛には偽りがあってはなりません」と使徒は高らかに呼びかけている。そもそも「偽り」があるのなら、それはもう「愛」の名前に値しないのだが、当時でも「愛」の名を騙るまがい物が多くあったということだろう。本物、尊いものには、必ずまがい物が作られて、これ見よがしに陳列されるのが常である。却ってまがい物の方が、大きな顔をして横行するというのが世の常であるから、教会もまた気を付けよ、愛のまがい物に。

但し、原文はいたって単純な書き方である「愛、偽りがない」これだけである。パウロは、教会はいたって単純なところだ、と言いたいのだ。ただ「愛」の働いているところ。しかしその愛こそが問題なのだ。それが「偽り」となっていないか。パウロの言う「偽り」とは、非常にシンプルな論理である。どんな善い業も、賢い知恵も人間から出たものは、すべて「偽り」なのである。主イエスの十字架の歩みの他は、何をもってしても「偽り」なのである。だからここで「愛、偽りがない」という時には、教会が主イエスのまこと、十字架から離れ、そこにいる人々が、主イエスの十字架の歩みから目を反らしていないかを、鋭く問うているのである。

それでは「偽りのない愛」とはいかなるものか、パウロお得意の多様多彩の語彙を駆使して、その愛を具体的に示して行く。そのどれも「愛、偽りがない」という表現に準じて、小さな断片の綴り合わせのように、キルトのように語られて行く。「悪、退け、善、親しみ、兄弟愛で愛し合い、互いに尊敬、臆せず熱心に、霊に沸騰し、主人には従順、希望をもって喜び、患難には忍耐、祈りを継続」という具合である。事細かに、「偽りなき愛」の姿を、具体的にこれでもかと上げて行く。どれも歯切れが非常に好い。パウロの言葉に対する感覚の見事さがよく表れていると言えるだろう

但し、歯切れのいいこれらの章句の中で、一か所、少々しどろもどろで奥歯にものが詰まったような言い方になっている部分がある。18節「できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい」。この部分の翻訳には苦心の跡がうかがえる。「できれば、せめて」、原文でもこのようなニュアンスで語られているのだが、このわずかの言葉の背後に、皆はどんな著者の思いや意図を推し量るだろうか。もう少し正確に訳せば、「あなたがたからの場合には」となるのだが、暴力や攻撃が一方的に相手から、仕向けられてきたときには、また別だろうが、自分の側から発する場合には、「平和であれ」というニュアンスである。パウロの現実主義的な側面が、良く表れている。

幾つもの徳目を、端的に短くずらずら羅列したものだから、いささか壁に掲げてある標語のような体裁になってしまったことを、嫌ったのだろう、そうした徳目を、ひとことでまとめる諺のように、やわらかく言い換えた詞がある。15節「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」。結局、教会に何ができるのか、私たちに何ができるか、という議論になると、自分たちの無力さ、非力さ、力の弱さが語られることが、しばしばである。これは今も、初代教会も同じだったのだろう。

何はなくとも、何はともあれ、「泣く者と共に泣き、喜ぶものと共に喜ぶ」これはできるだろう、主イエスが私たちの前で、多くの人々の前になされたことが、まさにこれだった。そしてその時、主イエスは、手元に「五つのパンと二匹の魚」しか持ち合わせがなかった。「人々は食べて満腹した」のだ。そしてその残り物は十二のかごに一杯になったというではないか。その残り物は、今の私たちにはないのか。「愛、偽りのない」は、そういうところから生み出されるのではないか。

今年の6月23日「沖縄慰霊の日」の平和宣言で、沖縄県知事はガンジーの言葉を引用した。「非暴力の信念を貫いたガンジーは『平和への道はない、平和こそが道なのだ』という言葉を残しています。『平和』とは、戦争や紛争のない状態にとどまらず、貧困、暴力、人権の抑圧、差別、環境破壊等がない、安らかで豊かな状態であり、本県が発信する『沖縄のこころ・チムグクル』には、人間の尊厳を何よりも重く見る『人間の安全保障』も含まれています」と語られた。「『平和こそが道』それが沖縄のこころだ」、平和になるための道、方法や手段を工夫して、努力もして(そういう時には、必ず抑止力とか軍事力が意識されている)ついには平和に到達しましょう、というのではない。今、わたし、あなたが歩んでいる道が、実に「平和」であるかどうかが問題だ。足をおいている一歩が平和であるかどうかが、問われている、という。

「燃え盛る炭火を頭に積む」とは、箴言25章22節の文言が引用されているので、宗教儀礼で、燃える炭を用いた何らかの祭儀があったのかもしれない。頭に洗面器でも載せて、そこに燃える炭火を載せて、熱さを我慢させる、悪趣味な我慢大会のようだが、一説に、古代エジプトで行われた「悔い改めの儀式」への言及だ、という見方がある。何らかの罪を犯して人を苦しめたことを、その罪人自身も追体験するために、頭に炭火を載せられ、熱さを味わう、それで回心を表明して罪を赦される、というのである。

かのヒロシマの「鉛の塊」を寄贈した人の思いは、今は冷えて固まった鉛の塊が、そのまま冷え切ってしまい、ついに由来も源の全く知れないただの異形の物体として、得体の知れない遺物として遺棄されることを空しく、耐えがたく感じたからであろう。その源は、人間の生命と共に、焼けてどろどろに溶けてしまった活字たちである。物言わぬ、文字の形を失った「ことば」である。本来なら、人間に希望を与え喜びと賛美を生み出すはずの「ことば」のもとが、原爆でどろどろに溶けて、地面を流れて行く,パウロは「霊に沸騰、頭に炭火」と語るが、その熱さを、今、繰り返し味わい続けることが、「平和の道」を歩むということであろうか。

敗戦後78年の時を迎えた。「偽りのない愛」を告げ、それを求める手紙が、ローマの教会の人々に送られ、衆人を前に読まれた。そして今も、同じみ言葉が教会に告げられ、私たちを押し出すのである。