ある地方紙の新聞コラムの一節「毎日が無事に暮らせていることは幸せだと思う。そんな当たり前のことが難しくなっていくのか。だとしたら、何かを大きく変えねばならないか。旧約聖書の『創世記』に、有名な『ノアの箱舟』の話がある。大洪水が起こり、人間ではノアの家族、そして各種つがいの動物だけが地球上で生き残る。(中略)『神に従う無垢(むく)な人』だったノアは、神と契約を結ぶ。神は言った。『あなたたちの命である血が流された場合、わたしは賠償を要求する』。これは世界の再生の物語だ。とても遠くてよく分からない中東情勢はどうなっていくのか。私たちにどれだけの影響が出てくるのか。かすかな希望だが、世界の民が血を流さないで済む道を示せたらいいのに」(3月15日付奈良新聞「国源譜」)。
新聞コラムには、聖書の言葉を題材にして、論が展開されていることがしばしばである。世界の古典としてこの国でも、よく知られている言葉(教訓)が多いから、話の緒に用いられるということだろうが、このコラムは全体を通して、教会でなされる「説教(解き明かし)」のような印象を受ける文章である。どういう経歴の方が執筆されているのか、いささか気になる。
聖書の記すところは、二千年前の古代の人間の営みからの記録(記憶)であるが、そこに描かれていることが、今の私たちの生活や抱える問題と決して無縁ではなく、却って現在の社会や世界の映し鏡のように語られていることに驚かされる。
預言者エレミヤの活動時期の後半は、ユダ王国の滅亡の時期に重なる。聖書の世界、メソポタミアからエジプトにかけて、この地の覇権を競い、その機をうかがうバビロニアと、それに阻止すべく牽制をかけるエジプト、これら2国の力関係の中心に置かれたユダ王国が、危ない綱渡りのような外交関係を結ぶのを余儀なくされることは、自明のことである。このような状況は、今日の国際政治の形相とあまりに似通っていて驚かされる。時代を超えて人間とは変わらないものか。
今日の聖書の個所に、ゼデキヤの名が記される。ユダ王国の最後の王で、前王のヨヤキンのおじにあたり、前王がバビロンに捕囚され、代わりにバビロン王ネブカドネツァルによって傀儡の王として立てられた人物である。当時の世界制覇を目論む超大国が、指導者の首を挿げ替え、都合の良い人物を仕立てようとする、現在のどこぞの大統領と同じである。そして首都エルサレムはすでにバビロン軍によって包囲されている。ところが国内世論は大国の思い通りに動かず、バビロニアに対抗すべくエジプトに助力を仰いで徹底抗戦すべし、という過激な主戦派の勢力も台頭しているのである。
預言者エレミヤは、その渦中に投げ込まれる。「毎日が無事に暮らせていることは幸せだと思う。そんな当たり前のことが難しくなっていくのか。だとしたら」、エレミヤの心中にあった事柄は、そういう思いだったろう。預言者はゼデキヤ王に「かすかな希望だが、世界の民が血を流さないで済む道を示せたら」と考えて、バビロニアに対して抗戦的な姿勢を取ることを強く戒めたと思われる。ところがエレミヤのそのような態度を潔しとしない主戦派たちは、預言者を裏切り者として排除しようとするのである。13節「彼がベニヤミン門にさしかかったとき、ハナンヤの孫で、シェレムヤの子であるイルイヤという守備隊長が、預言者エレミヤを捕らえて言った。『お前は、カルデア(バビロニア)軍に投降しようとしている』。つまり「お前は売国奴だ」と言われるのである。
ゼデキヤ自身は必ずしもイルイヤのような主戦派と同一歩調を取ろうとは考えず、バビロン王の指名で政権を得たことで、バビロンと何とか折り合いを付けようと苦慮していたと思われる、過激派の役人の手からエレミヤを救い出し保護しようとする。ところがその後まもなく、主戦派の圧力に抗しきれずに、祖国共々滅亡して行くことになる。
このユダの権力抗争のドタバタ劇にさ中、一時的にではあるがバビロニア軍がエジプトの動向に急遽対応するためエルサレムの包囲を解除した時を捉えて、12節「そのとき、エレミヤはエルサレムを出て、親族の間で郷里の所有地を相続するために、ベニヤミン族の地へ行こうとした」のである。こんな危急存亡の動乱の時に、預言者は土地問題の処理に対すべく「遺産相続」の手続きに赴くのである。この逸話は、エレミヤらしさをよく表しているだろう。つまり彼は「日常」を大切にし、一大事の中にあってもそれが不当に損なわれることに違和感を持っていたということだろう。
イスラエルは所有する土地は神からの嗣業であり、単に資産の一部という感覚ではなかった。ましてや寄留者、よそ者としてパレスチナの地に定着したとの自覚を持つ民の子孫である。土地問題をおろそかにできないことは、彼の「日常的な感覚」から来るものであったろう。だからバビロン軍が一時的に撤退し、混乱の中にも比較的自由に行動できる機会を捉えて、私ごとではあるが為さざるを得ない問題の処理に赴いたという次第である。こうした彼の行動は、バビロンに捕囚された人々に書き送った手紙にも、明確に見て取ることができる。「家を建てて住み、園に果樹を植えてその実を食べなさい。妻をめとり、息子、娘をもうけ、息子には嫁をとり、娘は嫁がせて、息子、娘を産ませるように。そちらで人口を増やし、減らしてはならない」、これは彼の日常生活に対する視点が良く表れていると言えるだろう。彼は祖国の存亡という大きな事象を前に活動した人であるが、人々のあたりまえの日常を、決して軽んじた人ではない。否、却って時代の「大局」を口にする人々が、そこに生きる人の「日常」を踏みにじる野蛮さに対して、激しく抗議したとも言えるだろう。
彼の預言者として最後の託宣とされる「慰めの書」30~31章のみ言葉に語られる回復のヴィジョンは、老いも若きもともに喜びに歌い交わし、身体の不自由な者、お腹に子どもを宿している者、弱くされた者たちが、共に踊り、荒れ果てて野獣の住処になっているエルサレムに、再び結婚式が催され人々の喜びの声が響くという、日常の喜びが回復されるというものである。「毎日が無事に暮らせていることは幸せだと思う。そんな当たり前のことが難しくなっていくのか。だとしたら、何かを大きく変えねばならないか」。エレミヤが問うた問いを、今、私たちも同じように問い直されているのではないか。