今日は花の日・子どもの日である。6月は一年中で最も花の多い季節である。かつて、海外の知り合いが、ご自分のお子さんの結婚式の写真を送ってくれたことがあった。教会堂で誓いの式を挙げた後、教会の園庭にイスとテーブルを並べ、家族、友人が、お祝いのお茶会を催している楽しそうな風景が写し出されていた。その時、園庭には、さまざまな花が咲き誇り、新しい生活を歩み出す二人を、豊かに祝福しているように見えた。
今日は、教会に子ども達が与えられていることの恵みを思い、子ども達の成長と献身とを願って礼拝を守る。「子どもの存在は花のよう」、一人の牧師はそう考えた。1856年、アメリカ、マサチューセッツ州の教会の牧師を務めていたチャールズ・H・レナード 牧師は、そのように感じて、礼拝堂にたくさんの花を飾り、子どもの健やかな成長と献身を祈るための礼拝を行ったことに由来する。
近代になるまで、子どもは物心ついて働くことができるようになるまでは、無用の存在と見なされていた。人間の価値はまず何をおいても「労働力」であり、生まれて来たなら、一日も早く働くように、せかされたのである。いわゆる「子どもらしさ」に留まることは許されない。今日でもそういう世界では、子どもは明るい目の輝きではなく、抜け目ない眼差しを、小さい頃に既に身に着けるという。そういう古代世界にあって、「子どもたちをわたしの所に来させなさい、邪魔してはならない。神の国は子どもたちのものだ」と大人たちを叱ったあの方の言葉は、何と鋭いのかと思う。
こんな話がある。作家の加賀乙彦さんは、阪神大震災直後、直ぐに被災地に向かった。この作家は、精神科の医師でもある。甚災害の中、医療現場がどれほど大変で右往左往しているか、手に取るように分かる。こういう場合、陣中見舞いではないが、何か緊急に必要な支援物資を携えるものだ。何を持って行ったのか。作家はチューリップを抱えて被災地に向かった、という。震災の支援物資と言えば、まず水や食料、毛布、衣服などが常識的には思い浮かぶ。花は少し意外な気がする。個人的なお見舞いにはふさわしいとしても、もっと直接役立つものを、と人はとかく発想する。ところが、氏は必要な物を現地の医師にあらかじめ聞いておいたという。現地で格闘している人々からの答えが「花」だったのだ。まるでここは戦場のようだと医師は感じていたのだろう。そういう所に真にふさわしいものは何か。届けられた色鮮やかなチューリップは、病棟の隅々を明るく照らした。昼夜なく奔走する医師や看護師、不安を抱える患者の心も温めてくれたに違いない、と述懐している。
加賀氏はキリスト者である。「野の花を見よ」のみ言葉を、その時に思い起こしていただろうが、そのみ言葉は最後に「一日の苦労は、その日一日にて足れり」という言葉に連なるのである。戦場のような一日を過ごし、さらに続く次の日の労苦を思うと、おそらく心は張り裂けるだろう。野の花は、今日一日を美しく咲くのである。そして明日また開く花がある。ひと茎の野の花に、人は慰められ、励まされるのである。
今日の聖書の個所で、パウロは「肉に従って生きる」のではなく「霊によって身体の仕業を絶つ」という言い方をしている。大げさとも言えるほど、かなり強い調子、表現である。上っ面だけで読むと、煩悩や欲望に振り回されないで、清く正しい生活のために努力や精進すること、という極めてストイックな勧めとして理解されてしまう。悪に引きずられようとする時には、身体を鞭で打ち叩いて、悪に負けないようにする。確かに、この書簡の宛先、ローマの町は、大帝国の首都であり、世界の物流の集積地であり、ありとあらゆる人と富が流入してくる場所なのである。人と金が集まる所には、享楽と放漫が渦巻くのは、世の常である。そういう世の只中に、教会が立てられている。教会もまた誘惑にさらされている、やはりパウロはローマの教会の人々のことが、心配なのだ。いささか過保護の親のような言葉を語るけれども。
しかし、要点は「神の霊によって導かれる生活」つまり「神の子ども」として生きる、生き方なのである。聖霊は、信じる者を「神の子とする霊」であり、「奴隷のように恐れに陥れる霊」ではないのだという。「奴隷」は主人の一挙動一踏足に、絶えず注意をはらい、神経を尖らせなくてはならない。彼の意を汲んで、先回りをして主人の気に入るように声を掛け、行動しなければならない。もし、機嫌を損じれば痛い目に会わされるし、冷遇される。気の休まる暇がない。しかしその家の子どもなら、ましてや相続人ならば、堂々とありのままに過ごすことができる。親から注意されたり、叱られることはあるかもしれない、しかし、そこには根本に愛に繋がれた絆があるのだ。
子どもが思春期を迎え、反抗するようになると、親は嘆く。「赤ちゃんの時にあんなにうんちやおしっこにまみれて世話をした。夜、疲れ果てているのに眠らないで、ぐずる子どもをあやして寝かしつけた。好きな食べ物をこしらえ、欲しいものは皆、買ってあげた。ああそれなのに、それなのにねえ」。子育てを知る者はこれにこう答える。「人間は三歳までに一生分の親孝行をしてますよ。子どもの可愛らしさとはそういうものです。それ以上の期待を子どもにしちゃあいけません」、放送作家であった永六輔氏の言葉である。
しかしこの心は、人の子の親の思いであるばかりか、神ご自身の心でもある。自らが創造されたアダムとエバの二人のために、居場所を設け、食べ物を備え、働きの場を与え、ところが二人は神の言いつけに背き、反抗し、罪を犯す。それでも神はこの二人に衣を着せ、保護されるのである。そしてすべての人の救いのために、ひとり子を世に遣わし、十字架に付けた。その苦しみによって、私たちは神の子とされたのである。
「野の花を見よ」と主イエスは言われる。私たちに実際に名も知れぬ野の花を見つけ、これをしっかりと見て、その美しさを味わえ、という。野の花を見つめることは、確かに
私たちが普段忘れてしまっている、生命への目を蘇らせてくれる。戦場のような中で、医薬品や食べ物では生み出せない安心や慰めを、ひと茎の花が与えてくれるのである。ところが「野の花」をしっかり見ることは、もうひとつのことを、私たちに教えるのである。「野の花」を慈しみ、それを美しく装われるのは、神の目があるからである。神の慈愛の目が「野の花ひとつ」に注がれている。「ましてあなたがたをや」。
先の年末に、教会員の後藤田惠子姉が、召天された。お身体が施設から自宅に帰られ、ご自分の部屋に休まれた。ご家族の皆さんと、恵子姉を囲んで家庭礼拝を行うために赴いた時、駅の花屋で、はやスイートピーの花が店頭に並べられていた。新年が近いので、春らしい装いを、というのだろう。暖かなピンク色が、美しく目を喜ばせたので、一輪買い求めて、姉の枕元に持参した。その花を見て、ご家族の方々が大変に喜ばれた。「スイートピーは母が最も好きだった花で、若い頃には、春になると、よく庭で育てていた思い出があります。しかし中々美しく咲かせるのは、難しいようでした」。花の好みまでは、牧師とて知る由もない。「春らしい」とふと買い求め、持って行ったひと茎である。その小さな花が、お母様の思い出を甦らせ、あたため、慰めとなる。不思議なことだ。神はさまざまなものを用いて、ご自身のこころを、私たちに伝えようとされる。私たちひとり一人が、神の子どもたちであることを、覚えておられる。その眼差しをしっかりと心に刻みたい。