先月25日、アメリカのカントリー歌手、ドリー・バートン氏の訃報が伝えられた。トランプ米大統領は、彼女の追悼のため、「アメリカ全土の国旗を1週間、半旗にする」と述べた、という。「カントリー」はアメリカ民謡のひとつとしてよく知られているが、この国にも愛好者は多い、いくつかの新聞も追悼記事を載せていた。「子どものとき、貧しくてコートが買えなかった。母親が端切れを縫い合わせてコートを作ってくれた。だからコートにはたくさんの色が入っている。学校でみんなが笑った。でも自慢だった。ママが愛情を込めて縫ったコートだから-。『コート・オブ・メニー・カラーズ』(1971年)はそんな歌で、聴けば涙腺が怪しくなる。同曲や『ジョリーン』などで知られる米国の国民的歌手ドリー・パートンさんが亡くなった。80歳。カントリー音楽のシンボルだった。テネシー州の貧しい農家の生まれで、端切れのコートは実話という。幼くして歌の世界に入り、トップスターに。明るさ、優しさ、ゴージャスさ。良き時代の米国のイメージを体現したような歌声だった」(8月27日付「筆洗」)。「性的少数者の権利擁護を訴え、父親が字が読めなかったことから、子どもに本を贈る運動にも取り組んだ」という。歌手の甥のシーヴァー氏はこうコメントしている。「ドリーは父親と同じく、農夫のような存在でした。父親は土を耕し、彼女は歌と幸せを育みました」。
「色も揃ってなくてバラバラで大きさもちょっとしかない布だった/もう秋もかなり深まってた/そしたらその小さな端切れで/ママがコートを作ってくれた/小さな端切れのひとつひとつを/愛で繋ぎ合わせてね/あちこちで色がバラバラだったけど/自慢したいほど好きだった/そして針を動かしながら/聖書のお話をしてくれた/ママが前にどこかで読んだお話で/ヨセフもこんなコートを着てたんだって」。
今日の聖書の個所は、パウロがガラテヤの教会の人々に宛てて送った手紙の、冒頭部分である。紀元2世紀、教会の指導者たち(教父)が最もその著作に多く取り上げたのは、この手紙である。なぜなら迫害の激しい中、この書は大きな信仰の力を与え続けたからである。また宗教改革の時代、その「動き」の発端になったのも、本書である。特にマルティン・ルターはガラテヤ書を愛したことでつとに知られている。彼はニックネームの名人であった。聖書の書物もいくつかそれで呼んでいる。ガラテヤ書は同¥どうネーミングしたか。「わが妻」である。ルターは奥様のケーテ夫人をこよなく愛したが、それと同じくこの手紙を自分の伴侶、パートナーと呼んで、自らの信仰の力の源泉と考えたのである。やはり人間には「我、ここに立つ」というべき土台なるものがある。皆さんにとっては、それは何だろうか。
最初に紹介したカントリー歌手の「うた」の原点もまた、お母さんの作ってくれた唯一無二の「コート」であるように。そしてそれは「小さな端切れのひとつひとつを/愛で繋ぎ合わせ」た、いわばどこにでも売っている、金を出せばいくらでも手に入るような既成の普通のコートではない。いわば「尋常」のものではない、特別な、かけがえのないものなのである。
今日、目に留めるこの手紙もまた、「尋常でない」ことが、その最初を読むだけで気づかされる。一番最初の書き出しを私訳するならばこうである。「パウロ、使徒、人々によってではない、人を通してでもない、イエス・キリストを死者たちの中からよみがえらされた父なる神によって」。パウロの時代、即ち古代でも、「今日は、ご機嫌、如何ですか。ご無沙汰をしております、何某からお便りします」と前置きするのが普通である。最初に唐突に「パウロ」と名乗って、その直ぐ後に、「人々ではない、人間ではない」、“NO、NO”、と否定詞が二度繰り返される。皆さん、誰からか手紙を受け取って、冒頭に「違う、違う」と書かれていたらどう思うか。「お前は間違っている」とご丁寧にニ度も言われるのであるから、非常に当惑するであろう。まるで端から喧嘩を売られているようである。
「人々からではなく」、「人々から」とは、「多くの人の賛同を得て」「皆が支持してくれて」という意味合いが込められており、それを“No”というのは「数による正義」を否定する言い方なのである。「選挙でこれだけの多くの人が自分を支持してくれたのだから」、多数決、これは真実の正しさ、正当性の保証やエビデンスになるのか、とパウロは言うのである。次に「人を通してでもなく」の「人」とは何かといえば、誰か、何らかの権威筋の者から、あるいは有名人から推薦、許可を受けることが意識されている。この時代、何ほどか身を立てようと思ったら、誰か有力者とお近づきになって、その信任を得て、推薦状を貰う、というのが定石であった。そのために、有力者にこびへつらい、努めてお気に入りになれるように売り込むことが肝要とされた。そしてその有力者の頂点には、ローマ皇帝がいたのである。パウロの時代は、教会の草創期でまだ組織や制度どころか、集会する場所もきちんと定まっていなかったりと、本当に開拓途上のような状態であった。それでも、パウロの手紙を読むと、「誰かの推薦状」という言葉が出て来るのである。もちろん世俗の有力者という訳ではないのだが、教会にも有力者と目される人はいた。つまり主イエスご自身が召された直接の弟子、即ち「使徒」からの推薦状をもらって、それを教会の人々に見せびらかせて、「虎の威を借る狐」の如くに宣教をする人々がいたようなのである。
だから最初からパウロは断言する。「しかし、あなた方が目を向けるべきものは、人間ではない。「人間ではない」、この強い呼びかけにどう反応するだろうか。確かにパウロが使徒になったのは、人間によるのではない。何かの資格試験に通って、誰かがパウロに証明書を与えたのでもない。選挙で多くの得票を得たのではない。また会議で賛成多数で決定されたのでもない。ただ復活のイエスが彼に出会い、直にその復活の主が、彼に命じたからである。「啓示による」と彼は繰り返し言う。この人々、人間という言葉の中に意識されているものは、一つに当時の教会の権威者、ペトロ、ヤコブのことであろう。また苦労を共にしている教会の指導者たち、教会の仲間たち、さらに自分を支える肉親、家族たち、また、パウロ自身が意識されているであろう。私たちには、親しい大切な人々が沢山いる。その人たちの支えや助けによって、これまで生きて来ることができたということがあろう。逆に、誰かに、何ほどかの手助けをしながら、共に歩んで来た、ということがあろう。しかし私たちが人生の歩みの中で、本当に目を向けるべきは、人間ではないのである。
10節「こんなことを言って、今わたしは人に取り入ろう(喜ばれよう)としているのでしょうか。それとも、神に取り入ろうとしているのでしょうか。あるいは、何とかして人の気に入ろうとあくせくしているのでしょうか。もし、今なお人の気に入ろうとしているなら、わたしはキリストの僕ではありません」。人間の価値や、一生の評価というものがあるとしたら、それは人間が人間に対して行うものではない。ただ人に命を与え、この世に生まれさせ、そしてこの世界に歩ませ、定められた時が来たなら、もう一度みもとに呼び返される方だけが、一人ひとりの人生のまことをご存じであり、そのすべてを受け止められるのである。
すると私たちは、「では神に喜ばれるにはどうしたらいいか」などと余計な心配が頭をもたげて来る。いったい私たちは本当に神を喜ばせることなどできるのか。旧約の詩人は、「あなたの栄光は、幼子の口、赤ん坊の舌によってほめたたえられています」(詩8編3節)。赤ん坊の「あうあう、うまうま」というような言葉にならない「ことば」を、賛美として聞かれるというのである。その通り、私たちの声では心もとないが、無垢な赤ん坊の声ならば、きっと喜んでお聞きになるだろう。それならば、罪なきひとり子の御声ならば、喜んで受け入れられるだろう。主イエスが洗礼を受けられ、水から上がられる時、天から声が響いたという。「あなたはわたしの愛する子、わたしの喜び」、私たちは、ただこのひとり子主イエスにたよるのである。主イエスと共に私たちは、実にこの神のみ声を聞くのである。ここからしか神のまことのみ言葉、福音を聞くことはできない。
『コート・オブ・メニー・カラーズ』の歌詞をもう少し紹介したい。「端切れで作ったコートを着て/いそいそと学校へ行ったけど/みんなに笑われて/バカにされただけだった/どうして笑われるのかわからなかった/だって豊かな気持ちだったから/だから自分は大切にされてるって言ったんだ/ママが1針1針縫ってくれたんだから/お話も全部聞かせてやった/コートを縫いながら/ママがしてくれたあの話/それで教えてやったんだ/コートを着てると幸せだった/だってママが作ってくれたから/わざわざ作ってくれたから」。色とりどりの端切れコートを縫いながら、歌手のお母さんは、娘にいろいろな話をしたという。その話は、主イエスの物語、福音のお話であった。「みんなに笑われて/バカにされただけだった/どうして笑われるのかわからなかった/だって豊かな気持ちだったから/だから自分は大切にされてる」、これはパウロの心であり、信仰者の心であり、実に私のこころでもある。私たちはそこに立つのである。
