2025説教集ー田中牧師

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「涙をことごとくぬぐわれる」ヨハネの黙示録7章9~17節

10月の初旬は、別名「ノーベル賞週間」と言われように、連日、かの有名な賞の受賞者が発表され、その名が世界のマスコミに大きく報道される。「聖書に登場する男性名シメオンはサイモンやシモンの名の由来で原義は『耳を傾ける』。海外でよく関係を聞かれる...
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「どのように倣えば」テサロニケの手紙二3章6~13節

「神は時間を造られたが、悪魔は時計を造った」。バルセロナのサグラダ・ファミリア聖堂の主任彫刻家である外尾悦郎氏の言葉である。1882年(明治15年)に着工され、140年以上経った現在もなお建築工事が続いているが、設計した建築家ガウディの没後...
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「愛されている子として」エフェソの信徒への手紙5章1~5節

ようやく秋の訪れを感じる日々を迎えた。この季節、子どもの頃の楽しみは、遠足であった。小学校一年の時の遠足は、学校近くのお寺が目的地で、そこでただ弁当を食べるという地味なイベントだったが、帰りには雨が降り出し、ビニール風呂敷を頭にかぶって(な...
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「憐みは裁きに」ヤコブの手紙2章8~13節

「暑さ寒さも彼岸まで」、と言われるようにようやく秋が到来した風情である。辺りが涼しくなると、木々の葉も色あせて来るように感じられ、もの悲しさも感じる季節である。「惻隠の情」という言葉がある。中国の思想家、孟子の『性善説』(最近、旗色が悪い)...
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「人の知恵によらず」コリントの信徒への手紙一1章10~17節

順番決めや選抜のための手っ取り早い方法に「じゃんけん」がある。「じゃんけん」をする時に、はじめの掛け声「最初はグー」は、この国でよく知られたコメディアンが始めた慣わしだと言われる。かつて「怪物」とも呼ばれ、テレビの高視聴率を誇った公開番組で...
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「朽ちるものでも」コリントの信徒への手紙一15章35~52節

この八月の終わりに、ある在京の新聞が一つの詩を題材に、コラムを載せていた。「夏の終わりに思い出すヘッセの詩の一節がある。『かつて夏は春を打ち倒し、自分の方が若く強いと思った。いま夏はうなずいて笑っている』(『夏は老け…』高橋健二訳)。うなず...
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「心の中でうめきながら」ローマの信徒への手紙8章18~25節

9月を迎えた、未だ残暑厳しい中にあるが、「目にはさやかに見えねども、風の音にぞ驚かれぬる」と古人が歌ったように、「見えない」中に次の時は備えられるのであろう。ある地方紙にこうした記事が載っていた。「友人は2023年12月に母を亡くした。その...
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祈祷会・聖書の学び 使徒言行録7章17~29節

古の名画『カサブランカ』で、主人公(ハンフリー・ボガード)が口にする有名な台詞がある「昨日?、そんな昔のことは忘れたぜ。明日?、そんな先のことは分からねえぜ」、こんなきざな言葉を語り、様になる人もおいそれとはいないだろう。人は「今」に生きる...
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「旅の途中で」使徒言行録9章26~31節

暦の上では「立秋」、すでに秋を迎えたが、今しばらく残暑厳しい日々が続く。それでも気候の変わり目、そろそろ台風の季節もやって来る。子どもたちがまだ小さい頃、大きな台風の襲来があった。各地で甚大な被害が生じたが、暮らしていた地域でも大規模な停電...
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「古いものは過ぎ去り」コリントの信徒への手紙二5章14~6章2節

グリム童話の中に「おいしいおかゆ」と題された話がある。「むかし昔、あるところにびんぼうな信心ぶかい少女がありました。少女はおかあさんと二人ふたりぎりでくらしていましたが、食べるものがもうなんにもありません。それで、少女は、(野いちごでもさが...