2025説教集ー田中牧師

2025説教集ー田中牧師

「神の子なら」マタイによる福音書4章1~11節

「悪魔のように細心に、天使のように大胆に」、昔、映画監督の黒澤明氏が出演した洋酒会社のCMでこの言葉が使われていたのを覚えているだろうか。非常に印象的で、後々まで残るキャッチだと思った記憶がある。この素敵な言葉の出典を調べたが、どうやらこの...
2025説教集ー田中牧師

「逆風のために」マタイによる福音書14章22~34節

ある大学の研究室のHPが、こういう研究室レポートを記している。「令和2年度の新入生は、入学式もなければ、キャンパスへの立ち入りも暫く許されなかった、言わば不遇の年次でした。秋に開講された『ファンダメンタル・セミナー』という科目で、私は初めて...
2025説教集ー田中牧師

「憐れんでください」マタイによる福音書15章21~31節

少し暖かになったと思いきや、また寒波が襲う、三寒四温の時季を迎えた。雪国では、ドカ雪との格闘がまた続く、生命を守る苦労が偲ばれる。雪国の地方紙にこう記されていた。「新潟市内にドカ雪が降った翌日、土曜日の朝のことだ。いつもと同じ時間に郵便受け...
2025説教集ー田中牧師

「わたしが来たのは」マタイによる福音書5章17~20節

2月の中旬を迎えた。旧暦の「如月」という名称は、中国最古の辞書『爾雅(じが)』に、「2月を如となす(にょげつ)」と記されて、それは「厳しい冬が終わり、草木や自然などの万物が動き出す季節」といった意味だと説明されている。ところがこの国では、連...
2025説教集ー田中牧師

「聞くには聞くが」マタイによる福音書13章10~17節

こういう統計がある。「20分後には42%、1時間後には56%、24時間後には74%1週間後には77%、1ヶ月後には79%」、これは「エビングハウスの忘却曲線」呼ばれる数字である。19世紀のドイツに生まれた心理学者ヘルマン・エビングハウスが発...
2025説教集ー田中牧師

「幼子の口に賛美を」マタイによる福音書21章12~17節

「満ち足り愉快な気持ちを表す『楽しい』という言葉の語源は諸説ある。一説によると、手(た)を伸ばして喜ぶことに由来する(日本語源大辞典、小学館)。そんな伸びやかな心境を指す言葉が、政権のスローガンに登場した。石破茂首相が施政方針演説などで掲げ...
2025説教集ー田中牧師

「暗闇に住む民は」マタイによる福音書4章12~17節

今年、阪神・淡路大震災から30年の時を経た。かつて学生時代、被災し倒壊したその町で暮らし、毎日、往来した懐かしい場所であった。今まで、ここには大きな災害は来ないと信じられていた都市(まち)で起こったゆえに、計ることのできない自然災害の猛威を...
2025説教集ー田中牧師

「ガリラヤ中を回って」マタイによる福音書4章18~25節

ある中央紙にこういうコラムが掲載されていた。「長いものには巻かれろ――。『強大な権力を持つ人には逆らわず、従っておいた方が良い』との格言である。象の長い鼻に巻かれた猟師が抵抗せず、そのままの体勢で、襲いかかってきた獅子を弓矢で退治した中国の...
2025説教集ー田中牧師

「今は止めないで」マタイによる福音書4章13~17節

「門松は(正月は)冥土の旅の一里塚」という歌がある。一休禅師の作と伝えられるが、しばしばこの世の無常さを教え諭す言葉と解釈される。もっとも正月早々に、皆がおとそ気分で浮かれている中、どくろを手にして巷間を歩き回った人とも言われるので、へそ曲...
2025説教集ー田中牧師

新年礼拝「わが子を呼び出した」マタイによる福音書2章13~23節

謹賀新年、新しい年に、主の豊かな祝福と導きとを祈りたい。「凧、コマ、ビー玉」とくれば、かつての子どもの遊びの定番である。かつてお正月休みに兄弟や近所の友人と楽しんだ記憶を、懐かしく思い出される方も多かろう。「凧、コマ、ビー玉」というたわいも...