2026説教集ー田中牧師

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「ほかの羊も」ヨハネによる福音書10章7~18節

「足音」には一つひとつ個性があって、皆違うリズムやテンポを持っている。親しく聴きなれた足音は、その持ち主、発生源が誰だかすぐに分かるものだ。「牛の歩み」という表現がある。「牛歩戦術」という言い方にもつながるが、「歩みが遅い」ことの喩えである...
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「命を受けるため」ヨハネによる福音書20章19~31節

グリム童話に『幸せハンス』という噺がある。ハンスが奉公をして、7年が経った時、「故郷(くに)のかあさんのところに帰りたくなりました。お給金をくださいまし」と主人に願った。主人は、彼の真面目な働きぶりに応えて、大きな金のかたまりをハンスにやっ...
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「墓から取り去られ」ヨハネによる福音書20章1~18節

祝イースター、主イエスのご復活を心から喜びたい。イースターにつきものなのは「卵」、殻を破って、ヒヨコが生まれ出るように、墓に葬られた主が、3日目に新しい命によみがえられた出来事の縁とされる。ベルギーでは、復活祭の前日に、教会の鐘が祝福を受け...
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「自分は救えない」マルコによる福音書15章21~41節

ある医師(桜井竜生氏)がこう語っている。「私は人一倍、病気の痛みや苦しみ、死ぬことが怖くて医者になった。医者になったら、その怖さが少しは軽減するかと思ったが、残念ながらそうでもなかった。当たり前のことだが、医学部では、死んだ後のことは教えて...
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「何をして欲しいのか」マルコによる福音書10章32~42節

「言われなくてもやる、言われてもやらない」これは私の先輩牧師で、阪神淡路の震災の時に、震災の現場に集まって来たボランティアたちのまとめ役をされた方の言葉である素よりボランティアは「必要(ニード)に応えて」という精神だが、何でもかんでもはいそ...
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「死者の中から」マルコによる福音書9章2~10節

季節の変わり目、最近は花粉症に春の訪れを覚える、という人も多いだろう。なぜか桜が咲くころになると、症状が治まる(スギ花粉が過ぎ越す)。季節ばかりでなく、体調の変化も著しいこの時期である。桜も開花しようかというこの週の聖日は、カトリック教会で...
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「誰にも話さないように」マルコによる福音書8章27~33節

あるCMでこういうやり取りの場面がある。レコードの手入れをしていると「面倒くさくないですか?」、すると「面倒なのがいーんじゃない」と応じる。「手伝いましょうか?」、「だめ、だめだって」。アナログ・レコードが静かなブームだという。現在も昔なが...
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「世界祈祷日」説教 マタイによる福音書11章28~30節

ナイジェリア、ある年代以上の方は、「ビアフラ」という地名を記憶しているだろう、この国の一部の地域であるビアフラの悲惨が世界に伝えられた。1960年代末、民族の独立を掲げて内戦が起り、この地にこの上ない深刻な飢餓がもたらされた。この国でも「や...
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「すべてが赦される」マルコによる福音書3章20~27節

まもなく3月を迎える。受難節頃の気候の変化、冬から春への移り変わり、英国の諺では「狼のように来たり、小羊のように去って行く」という言辞があることを紹介した。そこでこんな新聞記事を読んだ。「狭い森にライオンとヒツジがすんでいるとする。強いライ...
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「40日間そこに」マルコによる福音書1章12~15節

先週の水曜日から今年の「受難節」を迎えた。40日余りの主イエスの十字架の苦しみを偲び、自らも悔い改めの心を涵養するための日々を送る期間である。そのために古来より、この期間に断食を守る習慣が教会では定着した。とは言え、全く食事をしないという訳...