説教集

2025説教集ー田中牧師

「母が来て、願おうと」マタイによる福音書20章20~28節

最近、こういう文章を目にした。「食べものを仲間のもとへ運んで一緒に分かち合う。そんな文化を持っているのは人間だけだという。極北アメリカからグリーンランドにかけて暮らすエスキモーには、ちょっと変わったルールがある。狩りで取れた肉や魚を分けても...
説教集

祈祷会・聖書の学び ヤコブの手紙1章1~11節

ある製薬会社(ファイザー社)が、この国の慢性疼痛を抱える20代以上の男女約9,000人を対象にインターネット調査を実施したという。 その結果、「痛みがあってもある程度、我慢するべきだと思っていますか」という質問では、「非常にそう思う」(10...
2025説教集ー田中牧師

「雲の中から聞こえた」マタイによる福音書17章1~13節

先週から気温が上がり、温かな春の陽気となり、桜も開花した。「春過ぎて夏来にけらし」という勢いの「夏日」となったのも、昨今の気候変動のあらわれか。野外で過ごすのが気持ちのいい季節の到来、野山へのハイキング、山登りの幕開けである。「人はなぜ山に...
2025説教集ー田中牧師

「あなたは幸いだ」マタイによる福音書16章13~28節

三月も、下旬を迎えた。この月の和名「弥生」の語源は、「木草弥生月(きくさいやおいづき)」の短縮形といわれる。「弥(いや)」は「ますます」という意味で、草木がますます生い茂る月という意味だと説明される。成程、庭の雑草の伸び方も、顕著になってい...
2025説教集ー田中牧師

「神の国は、来ている」マタイによる福音書12章22~32節

こんな質問項目がある。自分に良くあてはまるようだったら〇を付ける。「登場人物が身体的に痛い思いをするドタバタ・コメディを見るのが好き」。「ものすごく間が悪い状況の話を見聞きするのは楽しい」。「歩いている人が、閉まっている透明なガラスドアにぶ...
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「神の子なら」マタイによる福音書4章1~11節

「悪魔のように細心に、天使のように大胆に」、昔、映画監督の黒澤明氏が出演した洋酒会社のCMでこの言葉が使われていたのを覚えているだろうか。非常に印象的で、後々まで残るキャッチだと思った記憶がある。この素敵な言葉の出典を調べたが、どうやらこの...
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「逆風のために」マタイによる福音書14章22~34節

ある大学の研究室のHPが、こういう研究室レポートを記している。「令和2年度の新入生は、入学式もなければ、キャンパスへの立ち入りも暫く許されなかった、言わば不遇の年次でした。秋に開講された『ファンダメンタル・セミナー』という科目で、私は初めて...
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「憐れんでください」マタイによる福音書15章21~31節

少し暖かになったと思いきや、また寒波が襲う、三寒四温の時季を迎えた。雪国では、ドカ雪との格闘がまた続く、生命を守る苦労が偲ばれる。雪国の地方紙にこう記されていた。「新潟市内にドカ雪が降った翌日、土曜日の朝のことだ。いつもと同じ時間に郵便受け...
2025説教集ー田中牧師

「わたしが来たのは」マタイによる福音書5章17~20節

2月の中旬を迎えた。旧暦の「如月」という名称は、中国最古の辞書『爾雅(じが)』に、「2月を如となす(にょげつ)」と記されて、それは「厳しい冬が終わり、草木や自然などの万物が動き出す季節」といった意味だと説明されている。ところがこの国では、連...
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祈祷会・聖書の学び ルカによる福音書10章1~12節

「猫の手、大募集中」、とある宅配運送会社の営業所に掲げられていた掲示である。この会社は「黒猫」のマークでおなじみなのだが。「猫の手も借りたい」という諺は、その出典をたどれば、近松門左衛門作の浄瑠璃『関八州繋馬』(享保9年1月15日初演)で初...