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2026説教集ー田中牧師

「ぶどうの木、その枝」ヨハネによる福音書15章1~11節

よく知られているイソップの寓話の中に「キツネとぶどう」の話がある。腹ペコの狐が、たわわに実ったぶどうを発見する。「おいしそうだ」、手を伸ばして取ろうとするが、ぶどうの実は高いところに実っていて、どうがんばっても手が届かずどうしても取ることが...
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祈祷会・聖書の学び 出エジプト記9章13~35節

「禍(わざはい)」とは、「神の業」が「這い、拡がる」様を物語る言葉である。かつて大規模自然災害は、人間にとっては如何ともしがたいもので、為す術はなく、ただ通り過ぎ、収束するのをひたすら待つしかないものであった。それが言葉自体にも、言い表され...
2026説教集ー田中牧師

「いましばらく」ヨハネによる福音書13章31~35節

物事には「きっかけ」というものがある。音楽家の黒岩英臣氏が、なぜ自分が指揮者になったのか、その経緯を語っている。12歳の頃、音大付属の音楽教室に通っており、ジュニア・オケの指揮をしていた兄貴分の人からこう言われたという。「その彼が私に話しか...
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祈祷会・聖書の学び 出エジプト記6章1~13節

こういう新聞コラムを読んだ、「5歳の娘は最近、植物の種に夢中だ。スーパーで買った野菜や果物から回収するだけではなく、道ばたに生えている植物の近くに種が落ちていれば拾い集めている。手に入れた種は土に埋めて大切に育てるという。一つ一つ丁寧に選別...
2026説教集ー田中牧師

「ほかの羊も」ヨハネによる福音書10章7~18節

「足音」には一つひとつ個性があって、皆違うリズムやテンポを持っている。親しく聴きなれた足音は、その持ち主、発生源が誰だかすぐに分かるものだ。「牛の歩み」という表現がある。「牛歩戦術」という言い方にもつながるが、「歩みが遅い」ことの喩えである...
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祈祷会・聖書の学び 出エジプト記3章1~12節

皆さんの子どもの頃の一番の想い出は何か。私は学校帰りの道草の想い出である。一年生に入学したクラスの黒板に、「道草をしない(食わない)」と注意書きがされていた記憶が残っている。するなと言われると却ってしたくなるもので、通学路が決められていても...
2026説教集ー田中牧師

「命を受けるため」ヨハネによる福音書20章19~31節

グリム童話に『幸せハンス』という噺がある。ハンスが奉公をして、7年が経った時、「故郷(くに)のかあさんのところに帰りたくなりました。お給金をくださいまし」と主人に願った。主人は、彼の真面目な働きぶりに応えて、大きな金のかたまりをハンスにやっ...
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祈祷会・聖書の学び 列王記上4章18~37節

「私は三十年前ひとりの男の子をもっておりました。たったひとりの息子であった彼が、ある日誰もいない路上で心臓発作を起こし死んでしまいました。その時の私の悲しみは本当に筆舌に尽くせぬ絶望的なものでした。私の人生の予定にはまったくなかった愛する息...
2026説教集ー田中牧師

「墓から取り去られ」ヨハネによる福音書20章1~18節

祝イースター、主イエスのご復活を心から喜びたい。イースターにつきものなのは「卵」、殻を破って、ヒヨコが生まれ出るように、墓に葬られた主が、3日目に新しい命によみがえられた出来事の縁とされる。ベルギーでは、復活祭の前日に、教会の鐘が祝福を受け...
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聖金曜日礼拝「あなたは今日」 ルカによる福音書23章32~43節

教会暦では、受難週の金曜日を「聖金曜日」あるいは「受苦日」と呼ぶ。主イエスが十字架に付けられて、亡くなられた悲しみの日という意味が込められている。外国語でも同じような命名がされているが、英語では「グッド・フライデー」と呼ばれる。「良い金曜日...