祈祷会・聖書の学び エレミヤ書31章1~14節

沖縄では、宴会や祝い事などの集まりに、最後に必ず「カチャーシー」が行われる。「かきまぜる」という意味で、「無礼講」のように自然に皆が一つになって踊りを行うのである。踊り、舞踊は、今では娯楽や芸術であるが、元々は極めて宗教的な行為というか、宗教活動そのものであったといわれる。舞踊、舞踏の「舞う」とは「回る」、神の回りを回る、あるいは踊る神と共に踊る。そして踊るとは「飛び跳ねる」、飛び上がり天の神と一体化する。また「踏む」とは地を踏みつけて、悪霊を封じ込める、これら一連の呪いが、「踊り」なのであるという。

日本の伝統芸能で、極めて洗練された舞踊が、「能」である。舞踊といえば通常、身体表現を思うが、身体を動かすばかりでなく、却って動きをとどめ立ち尽くすことで「存在」そのものの意味や重さを表現する手法は見事である。例えば、遥かな旅、千里の道を歩んできたことを表現するのに、ただ一歩の仕草によって形にする。興味深いことに、その主人公「シテ」は、神や精霊、神、幽霊、鬼などなど人間以外のものを演じる場合が多い。さらに老人(年老いて、壮年の時代を懐かしみ今を嘆く)や狂人(愛するものへの死別や恋患いのために周りを気にしないで人前で苦しむ姿を見せる仕草を、能では「狂い」と呼ぶ)、あるいは修羅に苦しむ武士(人殺しにより修羅地獄に落とされた武士が、救いを求めて自分の身の上を語る、告白が救いの機縁となる)といった、華々しい、功成り名を遂げた人物ではなく、弱くされた人々が、舞踊の主人公とされていることも、興味深いものであるだろう。

今日はエレミヤ書を取り上げる。30~31章はエレミヤ書の中で、特異な位置を占めるまとまりである。エレミヤの言葉は、厳しい裁き、嘆き、訴え、内省や煩悶等、暗い調子のものが多い中で、この個所の文言は、明るい回復の希望が語られる故に「慰めの書」とも呼ばれている。他の個所と随分調子が異なるので、エレミヤの口に直接には遡らないとみる学者もいるが、極めて長く活動を続けた預言者が、捕囚後、苦しむ人々に語った希望の言葉であった可能性も残る。エレミヤ書中には、彼が捕囚民に宛てた手紙なるものが収録されている。そこにはこう記される。「わたしは、エルサレムからバビロンへ捕囚として送ったすべての者に告げる。家を建てて住み、園に果樹を植えてその実を食べなさい。妻をめとり、息子、娘をもうけ、息子には嫁をとり、娘は嫁がせて、息子、娘を産ませるように。そちらで人口を増やし、減らしてはならない。わたしが、あなたたちを捕囚として送った町の平安を求め、その町のために主に祈りなさい。その町の平安があってこそ、あなたたちにも平安があるのだから」。異郷で生きるための、ましてや捕囚民が生き延びるための極めて現実的な実際的な処方箋とも言うべきアドヴァイスである。つまりこの預言者は、深く現実を見通す目を持っており、民の取り巻く状況や課題をきっちりと洞察でき、今なくてならぬ言葉を語ることができた人なのだろう。この「慰めの書」は、いわば「最後のエレミヤ」といえようか。この預言者が最後にたどり着いた着地点である。

2節「民の中で、剣を免れた者は/荒れ野で恵みを受ける/イスラエルが安住の地に向かうときに。遠くから、主はわたしに現れた。わたしは、とこしえの愛をもってあなたを愛し/変わることなく慈しみを注ぐ」。エレミヤは、いつか必ず訪れる捕囚からの解放の時のヴィジョンを、古の出エジプトの出来事を想起しつつ、語り始めるのである。かつて神のなされた力強いそのみわざを想い起せ、神は民の嘆きと呻きを無視されない、再び出エジプトの出来事を起こされる。イスラエルの人々が代々、聞かされているあの物語を、エレミヤは再話するのである。丁度、読み聞かせをする親のように。

エレミヤの解放のヴィジョンが、他の預言者と大きく異なるのは、故郷に帰還する者たちの様子を、ことさら喜びに満ちた姿として描くことである。4節「おとめイスラエルよ/再び、わたしはあなたを固く建てる。再び、あなたは太鼓をかかえ/楽を奏する人々と共に踊り出る」。また7節「ヤコブのために喜び歌い、喜び祝え。諸国民の頭のために叫びをあげよ。声を響かせ、賛美せよ」。さらに12節「彼らは喜び歌いながらシオンの丘に来て/主の恵みに向かって流れをなして来る」。これらのみ言葉が描く情景は、祭りの時に人々が歌い、踊り、喜びにさんざめく様子、かつてのイスラエルの祝祭の回復をも、示唆しているであろう。

そこでこの預言者のヴィジョンの生き生きした様は、そこに喜び祝う人々の姿がリアルに語られるところにあるだろう。8節「見よ、わたしは彼らを北の国から連れ戻し/地の果てから呼び集める。その中には目の見えない人も、歩けない人も/身ごもっている女も、臨月の女も共にいる。彼らは大いなる会衆となって帰って来る」。さらに13節「そのとき、おとめは喜び祝って踊り/若者も老人も共に踊る。わたしは彼らの嘆きを喜びに変え/彼らを慰め、悲しみに代えて喜び祝わせる」。回復のあふれる喜びを、預言者は「踊り」として描き出すのである。しかもその踊りは「目の見えない人も、歩けない人も/身ごもっている女も、臨月の女も共に、若者も老人も共に踊る」のだという。この踊りが示唆するのは、神の与える喜びが「インクルシブ」なものだという点である。あらゆる人が、どのような境遇、どのような出自、運命、人生を送って来たか、ましてや罪の有無さえももはや問題にされないで、「善悪の彼岸」とも言うべき神の大いなる祝祭を共にする姿である。神の祝祭においては皆がひとり残らず「カチャーシー」を踊るのである。

さらに「能」においては、しばしば「華々しい、功成り名を遂げた人物ではなく、弱くされた人々が、舞踊の主人公とされている」と言われるように、「目の見えない人も、歩けない人も/身ごもっている女も」と言及され、弱くされた者たちが共に踊っている情景が、暖かく記される。確かに、弱くされた者たちが踊る姿こそが、至高の喜びを語る縁となるであろうし、そのような人の和、さらに広げて社会こそが、現代で言うところの「インクルシブ」の本質であるだろう。

沖縄の人たちは、カチャーシーを実にゆったりとおおらかに、軽やかに舞い踊る。私たち不慣れな者は余分の力が入ってぎくしゃくとなってしまうが、それもまた愛嬌であろう。どんな風に踊ろうとも、皆がひとつになって、喜びが大きくあふれる。神の与えて下さる恵みもまた、カチャーシー(かきまぜ)なのである。