西口智子

2026説教集ー田中牧師

「ほかの羊も」ヨハネによる福音書10章7~18節

「足音」には一つひとつ個性があって、皆違うリズムやテンポを持っている。親しく聴きなれた足音は、その持ち主、発生源が誰だかすぐに分かるものだ。「牛の歩み」という表現がある。「牛歩戦術」という言い方にもつながるが、「歩みが遅い」ことの喩えである...
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祈祷会・聖書の学び 出エジプト記3章1~12節

皆さんの子どもの頃の一番の想い出は何か。私は学校帰りの道草の想い出である。一年生に入学したクラスの黒板に、「道草をしない(食わない)」と注意書きがされていた記憶が残っている。するなと言われると却ってしたくなるもので、通学路が決められていても...
2026説教集ー田中牧師

「命を受けるため」ヨハネによる福音書20章19~31節

グリム童話に『幸せハンス』という噺がある。ハンスが奉公をして、7年が経った時、「故郷(くに)のかあさんのところに帰りたくなりました。お給金をくださいまし」と主人に願った。主人は、彼の真面目な働きぶりに応えて、大きな金のかたまりをハンスにやっ...
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祈祷会・聖書の学び 列王記上4章18~37節

「私は三十年前ひとりの男の子をもっておりました。たったひとりの息子であった彼が、ある日誰もいない路上で心臓発作を起こし死んでしまいました。その時の私の悲しみは本当に筆舌に尽くせぬ絶望的なものでした。私の人生の予定にはまったくなかった愛する息...
2026説教集ー田中牧師

「墓から取り去られ」ヨハネによる福音書20章1~18節

祝イースター、主イエスのご復活を心から喜びたい。イースターにつきものなのは「卵」、殻を破って、ヒヨコが生まれ出るように、墓に葬られた主が、3日目に新しい命によみがえられた出来事の縁とされる。ベルギーでは、復活祭の前日に、教会の鐘が祝福を受け...
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聖金曜日礼拝「あなたは今日」 ルカによる福音書23章32~43節

教会暦では、受難週の金曜日を「聖金曜日」あるいは「受苦日」と呼ぶ。主イエスが十字架に付けられて、亡くなられた悲しみの日という意味が込められている。外国語でも同じような命名がされているが、英語では「グッド・フライデー」と呼ばれる。「良い金曜日...
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受難週祈祷会 哀歌3章40~51節

楽器でないものを用いて演奏する曲がある。「ハンガリー人の現代音楽作曲家リゲティの作品に、ぜんまい式メトロノーム100台だけを使う奇妙な“曲”がある。ばらばらのテンポに設定したメトロノームを一斉に鳴らして演奏が始まる。最初は塊になっていた「カ...
2026説教集ー田中牧師

「自分は救えない」マルコによる福音書15章21~41節

ある医師(桜井竜生氏)がこう語っている。「私は人一倍、病気の痛みや苦しみ、死ぬことが怖くて医者になった。医者になったら、その怖さが少しは軽減するかと思ったが、残念ながらそうでもなかった。当たり前のことだが、医学部では、死んだ後のことは教えて...
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祈祷会・聖書の学び エレミヤ書37章11~21節

ある地方紙の新聞コラムの一節「毎日が無事に暮らせていることは幸せだと思う。そんな当たり前のことが難しくなっていくのか。だとしたら、何かを大きく変えねばならないか。旧約聖書の『創世記』に、有名な『ノアの箱舟』の話がある。大洪水が起こり、人間で...
2026説教集ー田中牧師

「何をして欲しいのか」マルコによる福音書10章32~42節

「言われなくてもやる、言われてもやらない」これは私の先輩牧師で、阪神淡路の震災の時に、震災の現場に集まって来たボランティアたちのまとめ役をされた方の言葉である素よりボランティアは「必要(ニード)に応えて」という精神だが、何でもかんでもはいそ...