2026説教集ー田中牧師

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「しばらくすると」ヨハネによる福音書16章12~24節

今日は「母の日」である。人は皆、母から生まれる。母を持たない人はいない。私たちが毎週唱える使徒信条にも、「主は聖霊によって宿り、おとめマリアより生まれ」と告白するように、主イエスにも生まれ出た母の存在が強調されている。教会というところは、ど...
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「ぶどうの木、その枝」ヨハネによる福音書15章1~11節

よく知られているイソップの寓話の中に「キツネとぶどう」の話がある。腹ペコの狐が、たわわに実ったぶどうを発見する。「おいしそうだ」、手を伸ばして取ろうとするが、ぶどうの実は高いところに実っていて、どうがんばっても手が届かずどうしても取ることが...
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「いましばらく」ヨハネによる福音書13章31~35節

物事には「きっかけ」というものがある。音楽家の黒岩英臣氏が、なぜ自分が指揮者になったのか、その経緯を語っている。12歳の頃、音大付属の音楽教室に通っており、ジュニア・オケの指揮をしていた兄貴分の人からこう言われたという。「その彼が私に話しか...
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「ほかの羊も」ヨハネによる福音書10章7~18節

「足音」には一つひとつ個性があって、皆違うリズムやテンポを持っている。親しく聴きなれた足音は、その持ち主、発生源が誰だかすぐに分かるものだ。「牛の歩み」という表現がある。「牛歩戦術」という言い方にもつながるが、「歩みが遅い」ことの喩えである...
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「命を受けるため」ヨハネによる福音書20章19~31節

グリム童話に『幸せハンス』という噺がある。ハンスが奉公をして、7年が経った時、「故郷(くに)のかあさんのところに帰りたくなりました。お給金をくださいまし」と主人に願った。主人は、彼の真面目な働きぶりに応えて、大きな金のかたまりをハンスにやっ...
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「墓から取り去られ」ヨハネによる福音書20章1~18節

祝イースター、主イエスのご復活を心から喜びたい。イースターにつきものなのは「卵」、殻を破って、ヒヨコが生まれ出るように、墓に葬られた主が、3日目に新しい命によみがえられた出来事の縁とされる。ベルギーでは、復活祭の前日に、教会の鐘が祝福を受け...
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「自分は救えない」マルコによる福音書15章21~41節

ある医師(桜井竜生氏)がこう語っている。「私は人一倍、病気の痛みや苦しみ、死ぬことが怖くて医者になった。医者になったら、その怖さが少しは軽減するかと思ったが、残念ながらそうでもなかった。当たり前のことだが、医学部では、死んだ後のことは教えて...
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「何をして欲しいのか」マルコによる福音書10章32~42節

「言われなくてもやる、言われてもやらない」これは私の先輩牧師で、阪神淡路の震災の時に、震災の現場に集まって来たボランティアたちのまとめ役をされた方の言葉である素よりボランティアは「必要(ニード)に応えて」という精神だが、何でもかんでもはいそ...
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「死者の中から」マルコによる福音書9章2~10節

季節の変わり目、最近は花粉症に春の訪れを覚える、という人も多いだろう。なぜか桜が咲くころになると、症状が治まる(スギ花粉が過ぎ越す)。季節ばかりでなく、体調の変化も著しいこの時期である。桜も開花しようかというこの週の聖日は、カトリック教会で...
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「誰にも話さないように」マルコによる福音書8章27~33節

あるCMでこういうやり取りの場面がある。レコードの手入れをしていると「面倒くさくないですか?」、すると「面倒なのがいーんじゃない」と応じる。「手伝いましょうか?」、「だめ、だめだって」。アナログ・レコードが静かなブームだという。現在も昔なが...