説教集

2024説教集ー田中牧師

「執り成す人がいない」イザヤ書59章12~20節

「師走」、日暮れが早く、寒く火影の恋しい時期である。現在はこの国でも、クリスマスを迎える時期に街路樹や建造物にイルミネーションが施され、ライトアップすることは、極く一般的な風景となった。こうした電飾の始まりはどこにあるのか。ある新聞記事が目...
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「主の光の中を歩もう」イザヤ書2章1~5節

先月の中旬、13日に詩人、谷川俊太郎氏の訃報が伝えられた。齢92歳の生涯であった。この方が書かれたものほど、この国の人々に親しまれた詩も他にないだろう。この詩人は「現代詩の世界に朝を連れてきた」人、と評されたことがある。例えば代表作とされる...
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収穫感謝礼拝「打ち破る者が」ミカ書2章12~13節

今日は「収穫感謝礼拝」である。今は一年を通して、同じ野菜や果物が店頭に並び、季節感、いわゆる「旬」の風情が失なわれている時代であるが、やはり「実りの秋」を迎える頃になると、私たちの生命を支える食物になる「収穫」のありがたさや恵みを思わずには...
2024説教集ー田中牧師

「実現しなければ」申命記18章15~22節

秋も深まり、「芸術の秋」にふさわしく近辺の美術館でも、さまざまな企画展が催されている。足を運ばれた方もいるだろう。ジョン・エヴァレット・ミレイという画家、1829年イギリスで生まれた人である。彼の作品の内に、自分の子どもをモデルにして描かれ...
説教集

祈祷会・聖書の学び マルコによる福音書4章21~34節

ある歴史学者が、学生時代のゼミの様子について、次のように伝えている。「授業では、他のゼミでも同様に、学生が回り持ちで自分が調べて来た内容について、各々が発表しながら進められていく。発表が終わると指導教授は必ずこう尋ねる、『それで何がわかった...
説教集

「ここで別れよう」創世記13章1~18節

最初にひとつ賛美歌を聴いていただこう。きっと耳覚えのあるメロディ、懐かしの唱歌「むすんでひらいて」である。この歌の旋律は、18世紀のフランス、教育学、哲学、政治学の分野で功績があったジャン・ジャック・ルソーの手になると伝えられている。この軽...
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「来るべきことに」イザヤ書44章6~17節

霜月、11月、秋深まる季節を迎えた。この季節の風物詩に「秋の七草」がある。「セリ、ナズナ」から始まる「春の七草」の方は、食い気が優るのか、軽快なリズムと共に、皆さんもそらんじていることであろう。片や「秋の七草」の方は、食欲とは無縁のせいか、...
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永眠者記念礼拝「その道の初めに」箴言8章1節、22~31節

今日はこの教会の「永眠者記念礼拝」である。先ほど、この一年間の召天者の芳名をお読みした。かつて、この礼拝堂に共に集い、祈り、賛美し、共にひとりの主、ひとつのみ言葉に向かった兄弟姉妹たちである。その方々の姿が、今は私たちの目からは見えなくなっ...
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「すべてを失って」フィリピの信徒への手紙3章7~21節

「どら声」という言葉がある。楽器の銅鑼の音のような声、ということであまり心地よくない耳障りの大声というような意味である。パウロも「たとえ天使の言葉を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら」と漏らしている。彼の声は、余り美声ではなかっ...
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「既に実現して」ヘブライ人への手紙9章11~15節

「ゴリラの喧嘩の仲裁は、非常に平和的です。というのも、第三者はどちらにも味方しないのです」。これは最近、しばしば話題に取り上げられる著書『「サル化」する人間社会』(山極寿一著、2014年刊)の中の一節である。著者は人類学者で専攻は「人類進化...