2024説教集ー田中牧師

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「あの人をどう思うのか」ヨハネによる福音書9章13~41節

寒さ暖かさが、交互に行きつ戻りつする「三寒四温」と呼び慣わされる時節、寒暖が交互に訪れ、唐突に入れ替わり立ち替わり過ぎてゆく日々がしばらく続く。このややこしい時期に、ちょうど巡り来るのが「受難節」であるが、この時期の古くからの呼名として知ら...
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「どこから生きた水を」マタイによる福音書4章1~14節

先週の水曜日は教会暦で「灰の水曜日」、今年の受難節を迎えた。日曜日を除く「40日間」を、主イエスのご受難、十字架の道行きを、いつも以上に心に想起しつつ、過ごす期間となる。聖書において「40」はなじみ深い数字である。日、年の違いはあっても、4...
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「残ったパンの屑を」ヨハネによる福音書6章1~15節

いくら歳月を重ねても、何か新しいもの、知らない事柄に出会う、というのはうれしい体験である。訳知り顔に、すべて分かったつもり、というのは高慢というよりは、つまらない生き方の極致だろう。就中「ことば」は、新しい出会いの経験の最たるものでもある。...
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「今もなお働いて」ヨハネによる福音書ヨハネによる福音書5章1~18節

2月を迎えた。この月の旧名は「如月」、一説に「(厳しい寒さのため)更に着物を上に着る」から来ていると説明される。それでもこの一月の関東地方の気温は、平均気温を下回ったのは7日程と伝えられる。「寒い寒い」と口では言うが、統計上は、「暖かな冬」...
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「わたしは去っていく」ヨハネによる福音書8章21~28節

ある地方紙にこのようなコラムが掲載されていた。「五・七・五の調べや季語にとらわれない自由律俳句の旗手だった尾崎放哉(ほうさい)(1926年没)に〈咳(せき)をしても一人〉の句がある。破天荒に生きたのち、病と貧困の中で詠んだ晩年の作と知れば味...
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「どこから来たのか」ヨハネによる福音書2章1~12節

正月の恒例のテレビ番組で、いろいろな芸能人に「違いを当てさせる」という趣向の番組があった。食べ物でも楽器でも、ひじょうに高価のものと安価のもの違いを見分けて、高価なものを当てる。例えば、総額で時価数十億円するという弦楽器と、学生の練習用の楽...
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「いちじくの木の下に」ヨハネによる福音書1章35~51節

昔、生家の周りには、ぐるっと囲むようにいちじくの木が植えられていた。成長が早く果実がなるということで、戦後の食糧不足の時代の名残りだったかもしれない。稔れば口にしたが、たいして美味しいわけでもなく、人間より虫蟻の方が機先を制していることが多...
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「見よ、神の小羊」ヨハネによる福音書1章29~34節

み恵みの内に、新しい年の歩みを始められたことと思う。新年らしいこういう文章を目にした。「マンネリから脱したい(心機一転)。だが、何をどう変えていいのかが分からない。そんなふうにあれこれ思いながら、もう相当、年を重ねてしまったという人は多いだ...