2024説教集ー田中牧師

2024説教集ー田中牧師

「わたしはひとりではない」ヨハネによる福音書16章25~33節

四月の終わりから五月の初旬にかけて、小学校の子どもたちには、少々厄介な学校行事がある。名付けて「家庭訪問」、担任の先生が家にまで押しかけて来て、学校の様子を親に告げ口するのである。ある家庭訪問で、こんなやり取りがあったそうだ。先生がお母さん...
2024説教集ー田中牧師

「真理の霊が来る時」ヨハネによる福音書15章18~27節

こういう新聞記事を目にした。「けんかの後で、和解に向かう『仲直り行動』を取る動物はかなり多いそうだ。謝罪のキスをするというチンパンジーはもちろん、イヌ、オオカミ、ウマ、ハンドウイルカ…。仲直りができる鳥や魚もいるという。群れを形成して暮らし...
2024説教集ー田中牧師

「行きたくない所へ」ヨハネによる福音書21章14~25節

4月になり、朝、道行く子どもたちが、真新しいランドセルを背負って登校してゆく姿を見かける頃となった。「まるでランドセルに背負われているよう」、いう形容があるが、学校という新しい環境にまだ不慣れで、不安な面持ちで歩み出している背中を、重く大き...
2024説教集ー田中牧師

「さあ、朝の食事を」ヨハネによる福音書21章1~14節

自由律俳句でユニークな作品を世間に問うている、せきしろ氏のエッセーに『それからゆで玉子』という小文がある。ちなみに氏は「喉飴5秒で粉々」、「カバーはいらないと言ったのにしてる店員の手」、「嫌いな人の影も長くなる夕方」等の句をものしている。こ...
2024説教集ー田中牧師

「平和があるように」ヨハネによる福音書20章19~31節

「今どきの子は本を読まない」、この嘆きは、ソクラテスの時代にまで遡るらしい。去る2月10日に、『こどもの本総選挙』なる催しの結果発表が行われた。正式には「小学生がえらぶ!“こどもの本”総選挙」とは、全国の小学生の皆さんに「今まで読んだなかで...
2024説教集ー田中牧師

イースター礼拝「だれを捜して」ヨハネによる福音書20章1~18節

祝イースター、共々に主イエスのご復活を喜びたい。さて、イースターにまつわる各国の慣わしがあるが、イギリスで「パンケーキ・レース」なる催しがある。文字通り「フライパンに入ったパンケーキを持ったまま走る」という慣わしは15世紀から続く伝統的行事...
2024説教集ー田中牧師

「自分の考えか、それとも」ヨハネによる福音書18章1~40節

森鴎外の掌編小説に、『杯』という題名の作品がある(「中央公論」1910年1月初出)。こんな筋書きである。「温泉宿から皷が滝へ登って行く途中に、清冽な泉が湧き出ている。水は井桁の上に凸面をなして、盛り上げたようになって、余ったのは四方へ流れ落...
2024説教集ー田中牧師

「一粒の麦、死ねば」ヨハネによる福音書12章26~36節

「『あいさつ』を漢字で書いてください」というクイズがあった。「挨拶」と書くが、中々すらすらと思い出せない感じで、いわば「嫌な漢字」である。この語は元々、仏教の禅宗で使用されていた「一挨一拶(いちあいいつさつ)」に由来し、「ひとつ押して、ひと...
2024説教集ー田中牧師

「イエスと共に、人々の中に」ヨハネによる福音書12章1~8節

この時期は「卒業」のシーズンである。今日は、私たちの教会も「進級・卒業」の皆さんをお祝いする全体礼拝を守る。巷間では、卒業式において、慣れ親しんで来た旧友や担任の先生との別れを惜しむ姿、また我が子の成長を喜ぶ親御さんの姿が、画面に映し出され...
2024説教集ー田中牧師

「主よ、だれのところへ」ヨハネによる福音書6章60~71節

弥生、三月を迎えた。草木が生い繁る「いやおい」から派生した旧暦名であるという。確かに庭の雑草も、一斉に顔をのぞかせ始めた。やっかいな「雑草」とはいうものの、雑などうでもいい草、ない方がいい草があるわけではなく、人間の一方的な価値判断から、「...