西口智子

2020説教集ー田中牧師-

「ふさわしくないままで」コリントの信徒への手紙一11章23~29節

先月の終わりに、義父が亡くなった。人間の出会いとは不思議なものである。初めて向こうの家に挨拶に行く時に、家内に尋ねた。「お父さんはどんな人?」、その返事は、「臼杵の石仏!」。私は殊更、外見を聞こうとしたのではなく、性格とか人となり、あるいは...
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祈祷会・聖書の学び ルカによる福音書6章27~38節

聖書の学問は、非常にち密で、み言葉の一字一句にわたり、すでに詳細に考究されている。学者は他の人の言っていないことを、何とか探し出して主張するから、勢い他とは異なる主張をすることになる。だから学者の間で意見の一致が見られることは、めずらしい。...
2020説教集ー田中牧師-

平和聖日礼拝「すべてのひざは」ローマの信徒への手紙14章10~23節

「折々のことば」の執筆で知られる哲学者の鷲田清一氏は、20年ほど前に、人をケアする仕事に携わる人から「生の声」を聞くために、あちらこちら旅に出たそうである。その訪問先のひとつとして、北海道日高管内浦河町にある精神障害者の活動拠点「浦河べてる...
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祈祷会・聖書の学び ルカによる福音書4章31~44節

「黙って座れば、ぴたりと当たる」とは昔の占い師のセリフだが、近い未来には、AIの進化によって、医療がその言葉のように変貌することが、予測されている。即ち、病院の椅子に座れば、AIが身体を隈なくセンシングして、異常を発見し、即座にそれに対応す...
2020説教集ー田中牧師-

「一同も元気づいて」使徒言行録27章33~44節

古い知人で、食欲旺盛、非常によく食べる人がいた。牧師の息子で、旧東ドイツ、ベルリンに留学してオルガンの勉強をするという経歴があった。一番の思い出は、共に飯を食ったことである。仲間と連れ立って食事に行く。大体、中華料理のような大皿料理が多かっ...
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祈祷会・聖書の学び ルカによる福音書2章33~40節

この世の中で、「クリスマス」というと子どもや若者というイメージが浮かんでくる。ツリー、イルミネーション、ケーキ、プレゼント等、華やかで浮き浮きした雰囲気が思い起こされるからである。お年寄りの施設では「クリスマス会」は催されるが、食事のメニュ...
2020説教集ー田中牧師-

「正しい者も正しくない者も」使徒言行録24章10~21節

「今、スペイン風邪に学ぶ」という文章に出会った。100年前に世界規模で深刻なインフルエンザや流行し、多くの方が命を落とした。その歴史に学ぼうと言う。ペスト、梅毒、天然痘、コレラ、スペイン風邪、インフルエンザ等々、もともとはローカルに制御され...
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祈祷会・聖書の学び ルカによる福音書1章39~56節

昔、教会学校のキャンプ、あるいは教会の青年会での集まりで、ゲームに打ち興じ、楽しんだ思い出を持つ人は多いだろう。雨で野外活動ができない時、大人数でできるトランプを使ったカードゲームは、定番の時間つぶしであった。スマホの出現など、予想だにしな...
2020説教集ー田中牧師-

「一緒にいた時に」使徒言行録9章36~43節

長田弘氏の詩集に『死者の贈り物』という書物がある。「わたしたちにとって大切なもの」という作品の一行を引用したい。「なくてはならないもの。何でもないもの。なにげないもの。ささやかなもの。なくしたくないもの。ひと知れぬもの。いまはないもの。さり...
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祈祷会・聖書の学び マルコによる福音書15章16~32節

あるミッションスクールのチャプレンがこう語っている。「私が勤めている学校で、よくボランティア活動に生徒さんを勧誘すると、その日はやる気になって帰るのに、翌日には、親に『自分のことも満足にできないのに、人のお世話なんかあんたにできるわけない』...