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祈祷会・聖書の学び 箴言15章1~15節

「柳に風、のれんに腕押し、糠に釘」という言い方がある。「批判や反発を受けても、のらりくらりと巧みに受け流す」、「手ごたえがない、張り合いがない」ことを指す。政治家でこういう人あたりや態度をする人もいる。普通ならふてぶてしい、面の皮が厚いとな...
2021説教集-田中牧師

「愛されている子供として」エフェソの信徒への手紙5章1~5節

とある雑誌に、「難しい漢字の読み方クイズ」が載っていた。簡単に読めそうで、読めない言葉が随分ある。その中のひとつ、「左見右見」という四字熟語がある。漢字自体は至って簡単だが、さてこれは何と読むのか。「左を見て、右を見る」というのだから「きょ...
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祈祷会・聖書の学び 箴言10章1~13節

こんな問いがある。「ここに1本の缶ジュースがあるとする。これを二人の人に文句が出ないように分けるには、どうするか」。もう1本同じジュースを買ってくる、という答えがある。物質的解決である。また、Aがまず自分が半分だと思うだけをコップに移し、B...
2021説教集-田中牧師

「裁きに打ち勝つ」ヤコブの手紙2章8~13節

この夏に、私の故郷にある群馬県立文学館で、「宮沢賢治展」が開催されていた。賢治のご係累、宮沢和樹氏の講演会も企画されていた。地元紙が次のような記事を記していた。教室のガラス戸を震わせる風を従え、赤い髪の少年が山の学校にやって来たのは9月1日...
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祈祷会・聖書の学び 箴言4章

こういう文章がある「分かっちゃいるけど、止められないといったところが、私たちにはあります。行くところまでいかないと引き返せないというところがあるのです。そんな所まで行かずに気が付いて引き返せたら、一番良いのですが、そうはゆかないのです。そし...
2021説教集-田中牧師

「キリストは幾つにも」コリントの信徒への手紙一1章10~17節

二年ほど前に、時の首相が所信表明演説で一つの詩を引用した。「私が両手をひろげても、お空はちっとも飛べないが、飛べる小鳥は私のように、地面を速く走れない。私がからだをゆすっても、きれいな音は出ないけど、あの鳴る鈴は私のように、たくさんな唄は知...
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祈祷会・聖書の学び ゼカリヤ書7章8~14節

魯迅が1923年「吶喊」に収録した作品に『些細な事件』という題の短編がある。作家自身の実体験が基になっていると思しき作品である。所用があって急いでいた「私」は、ある若い車夫が引く人力車を雇った。車夫に道を急がせていると、突然、貧しい身なりの...
2021説教集-田中牧師

「死ななければ命を」コリントの信徒への手紙一15章35〜52節

「ネガティブ」という英語がある。普通、あまりいい意味で使われないことが多い。ネガティブな性格、とかネガティブな印象とか、「否定的、後ろ向き」というようなニュアンスである。しいて良い意味で使われるのは、コロナ感染の有無を調べるPCR検査で、ネ...
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祈祷会・聖書の学び ゼカリヤ書3章1~10節

「会議は踊る、されど進まず」。1814年9月に開かれたウィーン会議の様子を風刺した言葉で、フランス全権タレーランの,またはメッテルニヒの秘書の言葉と伝えられる。舞踏会や宴会等、余興が多いわりに,肝心の会議、審議が紛糾難航する有様を皮肉ったも...
2021説教集-田中牧師

「現在の苦しみは」ローマの信徒への手紙8章18~25節

「10年は一昔」と言われるが、今から36年前、1985年、学校を卒業し、働き出してから間もなくのことであった。故郷の一隅で起こった出来事である。「一夜にして地獄を目の当たりにした村がある。群馬県上野村。妊婦を含む520人の乗客乗員が犠牲とな...