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祈祷会・聖書の学び 創世記47章28~48章9節

2006年に79歳で逝去された詩人の茨木のり子氏は、生前、自分が死んだ後に届けられる訃報を、届け先まで自らの手でしるし、家族の者たちに託したという。その文面は次の通りである。「このたび私 年 月 日(病名)にて/この世におさらばすることにな...
2020説教集ー田中牧師-

「預言者を立てられる」申命記18章15~22節

「今どきの若い者は」、この枕詞に続く文章は何だろうか。「なっとらん」、と続くのが定番である。民俗学者の柳田国男氏が英国の学者から聞いた話として書き留めたところでは、約4千年前のエジプトの古文書にも「この頃の若い者は」という嘆き節が出てくると...
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祈祷会・聖書の学び 創世記44章1~17節

ファラオの夢の解き明かしによって、エジプトの大飢饉を予見し、「リスク・マネジメント」に手腕を発揮したヨセフは、エジプトの宰相、ナンバー2の地位に上り詰める。「飢饉」というネガティブな災厄が、彼の人生を大逆転させるのである。さらにこの飢饉によ...
2020説教集ー田中牧師-

主日礼拝「ここで別れよう」創世記13章1~18節

先ごろ、兵庫県で、山中の行方不明者の捜索をしていた警察犬が、自ら逃走し、行方不明となって自分の方が捜索された、とのニュースが伝えられた。どうも匂いを追っている内に、右左どちらか方向が分からなくなり、パニックになって逃げ出した(職場放棄)のか...
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祈祷会・聖書の学び 創世記41章46~57節

最近「集中ボーナス」という言葉を耳にした。コロナ禍で不況の世の中、政府が国民に集中的にボーナスを分配して、不景気の危機を乗り切ろうと言うことか。この言葉の意味は以下の通り。「集中ボーナス」という学術用語がある。まだまだなじみは薄いけれど、米...
2020説教集ー田中牧師-

主日礼拝「わたしは、初め、終わり」イザヤ書44章6~17節

英語の諺に「終わり良ければすべて良し」という言葉がある。もっともこれはある有名な作家の著した戯曲のタイトルに由来する。シェークスピアの手になる劇作のひとつであるが、題名にもなった台詞が、お芝居の「締め」に語られ幕は閉じられる、非常に気が利い...
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祈祷会・聖書の学び 創世記37章25~36節

しばらく、創世記の「ヨセフ物語」が取り上げられる。旧約の中でも、皆によく知られた物語の一つであるが、聖書時代の人々にとっても、それは同様であったろう。エジプト古代文学にも、これとよく似た物語が伝えられている。人生行路をさまざまな困難に悩みつ...
2020説教集ー田中牧師-

永眠者記念礼拝「日々、主を楽しませ」箴言8章22~31節

今日はこの教会の永眠者記念礼拝である。毎年、この礼拝の度に、鶴川北教会の教会員、またこの教会に連なる方々で、先に天に召された方々のお名前を記したプリントを作成し、お配りしている。この教会は、生まれてからまだ半世紀に満たない教会である。それで...
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祈祷会・聖書の学び ルカによる福音書23章44~56節

落語に「片棒」という話がある。「片棒を担ぐ」、つまり重いものを運ぶ時、天秤棒の真ん中に荷物を吊るし、前後にそれぞれ人が付いて背負う、ひとりでは持てない重量物を運ぶ時の知恵である。こんなあらすじ。自分の葬儀がどうなるかを心配する大店の主人、三...
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祈祷会・聖書の学び ルカによる福音書22章35~46節

もうかれこれ20年以上前になるが、アメリカのニューヨークから数時間の郊外の、とある田舎町で、ホームステイをさせていただいたことがある。お父さんが教会の役員、お母さんは奏楽奉仕をしているホストファミリーのお宅だった。まだ教会堂が建っておらず、...