西口智子

2020説教集ー田中牧師-

ペンテコステ礼拝「すべてのことを」ヨハネによる福音書14章15~27節

昔、数学の授業の余談で、こういう話(クイズ?)を聞いたことがある。3人の息子を残して父親が亡くなった。遺産はロバ17頭だけであった父親の遺言状には、長男は2分の1、次男は3分の1、三男は9分の1を相続するように、と記されていた。しかし17頭...
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祈祷会・聖書の学び ローマの信徒への手紙7章13~25節

私が社会人になった年、1983年にひとつの映画が公開された。『家族ゲーム』、森田芳光監督、松田優作主演で、お二人とも既に鬼籍に入られている。成績の悪い次男は高校受験を迎えている。新しく雇われた家庭教師(松田優作)によって引き起こされる騒動を...
2020説教集ー田中牧師-

「わたしを捜しても」ヨハネによる福音書7章32~39節

「木を見て、森を見ず」という格言がある。「物事の細部にとらわれると、全体を見失う」という意味である。木だけを見ていると、森全体を見ることができないということから、「些細なことにこだわり過ぎると、物事の本質や全体像を見落とすことがある」という...
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祈祷会・聖書の学び ローマの信徒への手紙1~11節

アイザック・ニュートンは万有引力の法則の発見だけでなく、積分学や光学の研究などでも優れた研究成果を上げた人である。1643年に英国で生まれて1661年にケンブリッジ大学に入学した。学生時代、英国でペストが猛威を振るった。1665年には、ロン...
2020説教集ー田中牧師-

「ひとりではない」ヨハネによる福音書16章25~33節

小さい頃に、一番怖かったことは何であろう。おそらくそれは「迷子になる」ということではなかったか。実際に、幼少期は迷子になるものである。昔はデパートやショッピングセンターで、よく「迷子のアナウンス」が流されたものである。「♪~歳くらいの~色の...
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祈祷会・聖書の学び ローマの信徒への手紙2章1~16節

こういうコラムに出会った。不要不急のことをあえてやる、と言ったら叱られるだろうか。もちろん直ちに必要のない外出は厳に控えなければならない。でも家の中でなら、普段はあまりやらないことに取り組んでもいいはずだ。連日のように自粛、自粛と聞かされて...
2020説教集ー田中牧師-

「わたしが選び出した」ヨハネによる福音書15章18~27節

吉野弘氏の詩に「虹の足」という作品がある。私にとって「榛名山」という故郷になじみの山も登場するので、何とはなしに身近な思いがする。「雨があがって/雲間から/乾麺みたいに真直な/陽射しがたくさん地上に刺さり/行手に榛名山が見えたころ/山路を登...
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祈祷会・聖書の学び テサロニケの信徒への手紙二1章1~12節

「新型コロナ・ウイルス感染症」の蔓延を受けて、現在「自粛」「巣ごもり生活」を余儀なくされている私たちである。所在のなさを紛らわすために、個々人でいろいろな過ごし方を工夫していることであろう。普段まとまった時間が取れず疎遠となっていた手芸や音...
2020説教集ー田中牧師-

「行きたくないところに」ヨハネによる福音書21章15~25節

「大昔で、そこには今もマンモスがいるの」、「人魚たちが水の中に住んでいるの」「そこには大きな大きな、すごく大きな砂場があるの」、「そこは秘密の世界で、人は地面の下に住んでるの」、「星に手が届くの」、「チョコレートの湖」、「地下にクジラがいる...
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祈祷会・聖書の学び テサロニケの信徒への手紙一2章13~20節

「咲く」と「幸い」。古い日本語では根っこ(語根)が同じ言葉であると考えられている。。「幸い」は古語で「さきはひ」と言う。「さき」は「さく」の名詞形。「はひ」とは、ある状態がずっと続くこと。長い縄を使う延縄(はえなわ)漁の「はえ」もそれに当た...