2024説教集ー田中牧師

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「すべてを失って」フィリピの信徒への手紙3章7~21節

「どら声」という言葉がある。楽器の銅鑼の音のような声、ということであまり心地よくない耳障りの大声というような意味である。パウロも「たとえ天使の言葉を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら」と漏らしている。彼の声は、余り美声ではなかっ...
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「既に実現して」ヘブライ人への手紙9章11~15節

「ゴリラの喧嘩の仲裁は、非常に平和的です。というのも、第三者はどちらにも味方しないのです」。これは最近、しばしば話題に取り上げられる著書『「サル化」する人間社会』(山極寿一著、2014年刊)の中の一節である。著者は人類学者で専攻は「人類進化...
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「口実であれ、真実であれ」フィリピの信徒への手紙1章12~30節

スポーツやゲームの対戦で、先攻・後攻の順番を決めるための方法に「コイントス」がある。対戦者同士が「表・裏」を口にし、コインを投げてその結果で決める、というやり方。非常に単純で分かりやすく、公平に見える。しかし本当にそうか。先ごろこんなニュー...
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「永遠の住みか」コリントの信徒への手紙二5章1~10節

「住む」という言葉について、こんな一文を読んだ。「『一つの場所に落ち着く』といったイメージがある『住む』ですが、『住む』の語源は実は『澄む』と同じです。乱れて濁っていたものが、落ち着いて澄んでくることを『住む』とあらわし、建物のなかで寝起き...
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「神に向かって」ローマの信徒への手紙11章33~36節

「中学生や高校生のなかには、私のところに無理やりに連れて来られる生徒がある。たとえば、登校拒否の子など、心理療法家のところなど行っても仕方ないとか、行くのは絶対に嫌だと言っているのに、親や先心などが時にはひっつかまえてくるような様子で連れて...
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「キリストを住まわせ」(敬老感謝礼拝) エフェソの信徒への手紙2章14~21節

俳人、小林一茶の句に、次の一句がある。「是がまあ つひの栖か 雪五尺」、漂泊の俳人とも呼ばれ、複雑な家庭の事情により、15歳から親元を離れ、流浪の旅を続けた人。この句は作者が50歳の時、当時の大都会、文化の中心、華やかな江戸の町から、一転、...
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「自由な人として」ペトロの手紙一2章11~25節

この8月10日に、詩人、新川和江氏の訃報が伝えられた。1929年の生まれ、齢95年の生涯であった。「わたしを束ねないで」と題された詩が代表作とされ、国語教科書にもしばしば取り上げられている。この作品が発表されたのは1966年、37歳の時であ...
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「キリストの思いを抱いて」コリントの信徒への手紙一2章11~3章9節

先週、6日、9日、ヒロシマ・ナガサキでそれぞれ「平和記(祈)念式典」が挙行された。79回目の原爆忌である。ヒロシマの平和式典で、二人の子どもたちによって「平和の誓い」が語られ、また何人かの代表者のメッセージが伝えられた。その中で、子どもたち...
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平和聖日「神から生まれた者」ヨハネの手紙一5章1~5節

酷暑の日々が続き、セミの鳴き声しきりの時候である。ある地方新聞のコラムにこう記されていた「米国では一足早く、セミの大発生が話題になった。その数、1兆匹とも。13年と17年ごとに地上へ出てくる二つの集団の羽化が221年ぶりに重なった。13も1...
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「ふさわしくないままで」コリントの信徒への手紙一11章24~34節

「適材適所」という言葉がある。学生時代、教会の青年会の者たちでおしゃべりをしていた。礼拝が終わって、蕎麦屋に立ち寄って昼食を摂りながら、「人間にはそれぞれの器というもんがあって、それに応じた役割が必要だ、その器ではない、ということもある」な...