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2020説教集ー田中牧師-

イースター・メッセージ「まだ理解して」ヨハネによる福音書20章1~10節

祝イースター。今年の「受難節」は、まさに世界中が「受難」の時を経験したような趣がある。毎年、アドヴェントでもレントでも、教会暦にふさわしい何らかの出来事に、私たちは導かれるものだが、今年は聊か、重すぎる「受難節」でもあった。しかも、今もなお...
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「受難週祈祷日奨励」ローマの信徒への手紙5章12~21節

「水を持ってきてくれる人はそのいれものをこわす人でもある」。アフリカのガーナのことわざだそうだ。水を手に入れるのが容易ではない地域である。井戸や川まで長い距離を歩いて水をくみにいく。重労働である。それを厭(いと)わず何度もくみにいく勤勉な人...
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「自分の考えで」ヨハネによる福音書18章28~40節

こういう新聞コラムを読んだ。「巣ごもり消費」というらしい。新型コロナウイルスの感染拡大で外出を控えて自宅で過ごす人が増え、家で食べるカップ麺や冷凍食品、総菜などの売り上げが大きく伸びている。缶ビール類もよく売れているという。宴会が自粛され、...
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「一粒の麦は」ヨハネによる福音書12章20~36節

こんな話がある。ある小説家の娘を好きになり、結婚を許してもらうべく、青年が小説家のもとを訪ねた。挨拶しひととおりの話をした後、「ちょっと待っていなさい」と小説家は席を立った。程なくお相手の娘さんが部屋に入ってきて、「答えは背中に」というので...
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「人々の中に」ヨハネによる福音書12章1~8節

最近「テレ」という言葉がよくマスコミから流れて来る。「テレワーク、テレフォン、テレビジョン」等の言葉には、「テレ」というギリシャ語の接頭辞が付けられている。この「テレ」とは「離れた」という意味である。遠く離れたところでも、「音が聞こえ、映像...
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「だれのところに」ヨハネによる福音書6章60~71節

東北の大きな震災から9年を経た。青森の新聞がこう伝えていた。「東日本大震災から9年になるのに本県には、岩手、宮城、福島の被災3県からの避難者が2月時点で262人もいる。発災当時の約1200人からは相当減ったが、本県の親戚や知人宅に身を寄せる...
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「この人に現れる」ヨハネによる福音書9章13~41節

全国老人福祉施設協議会が、60歳以上の男女を対象に募集した「60歳からの主張」川柳部門の入賞作の一つ。「白内障 術後に知った妻のシワ」。顔に刻まれた年輪を見てどう思ったのか聞いてみたい。それまで「見えている」と思っていたことが、単なる「思い...
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「誘惑する者が来て」マタイによる福音書4章1~11節

ことなく、一人の幸せが守られる、荒れ野のただ中に、そのような幸いを与えられるのであ三月を迎えた。この月の声を聞くと、実際の気温や気候にかかわらず、心なしか暖かな気持ちになって来る。西日本新聞にこうした記事が載っていた。「日々の空模様は気にな...
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「何の役にも」 ヨハネによる福音書6章1~15節

私は、家内から度々注意される。「あなたは謝らない、ごめんなさいが言えない」。子どもへの小言のようで聊かむっとするが、「そうだな」と思う。「間違い」を認めるのは、そして「謝る」のは、ささいなことでも大変である。この町出身のクリスチャン詩人、八...
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「良くなりたいか」 ヨハネによる福音書5章1~18節

「お金、家族、健康、仕事」どれも大切であるが、どれかひとつ、あなたにとって最も大切なものを選べと言われたら、どれを選ぶか。少し以前に、ある大学の社会学研究室が、世界各国民の価値観を調査する際に用いた質問項目である。この国の人々が圧倒的に選ん...